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   <title>吉井祥博アナウンサー｜ｔｖｋ</title>
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   <title>中学校の教壇に！！</title>
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   <published>2008-11-20T13:20:32Z</published>
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   <summary> 　晩秋のある日、長男の通う中学校の担任の先生から自宅に電話が掛かってきました。...</summary>
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      <![CDATA[<center>
<img src="http://www3.tvk-yokohama.com/yoshii/20_a01.jpg" width="300" height="225" />
</center>

　晩秋のある日、長男の通う中学校の担任の先生から自宅に電話が掛かってきました。
「え！？何かしでかしたのかな？」と一瞬ドキッとしましたが、先生からのお願いでした。
「学校行事で、毎年お父さんやお母さんから生徒達に仕事などの体験を話してもらっているんです。」とのこと。よくよく聞くと簡単には済まない内容。公立の中学校ではあまり例のない２１年も続いている行事で、題して「家族の講話」…長男のクラスで一時間話をするというものでした。「講話」と言われても、瀬戸内寂聴さんの様に魅力ある話を長時間できるわけでもないし、忙しい時期だし…。最初は断ろうと思っていたのですが先生もランダムに依頼をする中で、話をしてくれる父兄を見つけるのは大変な様子。
　「ここは一つ、息子がお世話になっている中学校への恩返しのつもりで！」と引き受けることにしました。仕事が休みの日、ボランティアになりますが上司にも報告をして、５時間目の授業時間に合わせ中学校に出掛けました。
（以前書きましたが）２２年前母校の教育実習以来の教壇です。黒板に上手に歓迎の文字とイラストを書いてくれ感激！（上の方に小さく“アンパンマン”が書いてあったのが一寸気になりましたが。）<center>
<img src="http://www3.tvk-yokohama.com/yoshii/20_a02.jpg" width="300" height="225" />
</center>


　自分が中学生だった頃、進路を選んだ時、アナウンサーになった経緯（いずれも大した理由ではないのですが）、実際の毎日、特にスポーツ中継を担当するアナウンサーの放送時間以外の仕事は想像以上に地味な事など．．．皆、予想以上に目を輝かせて聞いてくれました。
最後に体験として、ヒーローインタビューや街頭インタビューを二人一組になって実践してもらいました。正直いきなり「やってみて！」と言っても難しいのですが、工夫して何とか答えを導き出そうとする姿は刺激になりました。<center>
<img src="http://www3.tvk-yokohama.com/yoshii/20_a03.jpg" width="240" height="180" /> <img src="http://www3.tvk-yokohama.com/yoshii/20_a04.jpg" width="240" height="180" />
</center>


　あっという間に持ち時間は終わり。皆の役に立ったのかどうかは分りませんでした。将来の目標をはっきり持った生徒は、まだ少ない中学生の頃。いつか折に触れて「こんな話をしていったお父さんがいたなあ。」と思い出してくれたら幸いです。
　因みに、講話のあと我が息子は気を遣ってか「面白かったよ！」と言ってくれましたが、
「クラスメイトは何か言っていた？」と聞くと「お前の父ちゃんお前と雰囲気が似ているなあ。」と言われたそうです。感想はそれだけかなぁ？
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   <title>６本のバット</title>
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   <published>2008-04-09T04:08:48Z</published>
   <updated>2008-04-09T05:34:42Z</updated>
   
   <summary>　先日家の整理をしたら、我が家にはバットが６本もありました。   　２本は私が学...</summary>
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      <![CDATA[　先日家の整理をしたら、我が家にはバットが６本もありました。
<img alt="18_a01.jpg" src="http://www3.tvk-yokohama.com/yoshii/18_a01.jpg" width="198" height="280" /> <img alt="18_a02.jpg" src="http://www3.tvk-yokohama.com/yoshii/18_a02.jpg" width="250" height="177" />

　２本は私が学生時代に草野球の試合で使っていたもの、１本は長男が中学校の野球部で使用しています。

　他の３本は私にとって、大事な記念のバット…今から１２年ほど前、ｔｖｋに入って間もない頃の１月、初めての自主トレーニング取材に横須賀にあるベイスターズ練習場へ出掛けました。当時入団２年目の相川亮二捕手（まだ背番号は５９）がバッティング練習をしていましたが、その際バットに少しだけひびが入ってしまいました。相川捕手が捨てようとしたバットを見た私が「何となく、もったいないですね。」と声をかけると、相川捕手は冗談交じりに「よかったら、どうぞ！」という返答。そのまま持ってきてしまいました。
<img alt="18_a03.jpg" src="http://www3.tvk-yokohama.com/yoshii/18_a03.jpg" width="250" height="177" />
相川捕手が球界を代表する選手になり大活躍を実況する今も時折、当時の姿を思い出します。

　こちらはベイスターズ佐伯貴弘選手から、６年くらい前に頂いた練習用バット。
<img alt="18_a04.jpg" src="http://www3.tvk-yokohama.com/yoshii/18_a04.jpg" width="250" height="177" />
　やはり１月の自主トレーニング中、誰よりも遅くまで練習を続けていた佐伯選手が、少し残念そうに見つめていたバットがありました。長い間、佐伯選手と猛練習を共にしてきても折れることがなかった練習用バットにひびが入ってしまったとのことでした。話が途切れると佐伯選手は「よかったら、持っていってください...」と連れ添ったバットを渡してくれました。私なりに佐伯選手の思いを受け止め、大事に持って帰り、これ以上痛まない様に補強して私の部屋に置いてあります。ずしりと感じる重みと同時に、グリップに厚く張り付いた松ヤニが佐伯選手の練習量を語ってくれます。普段の中継時に結果を実況するのはもちろん、選手一人一人が積み重ねたものを取材し、できる限り表現していこう！見る度に決意を新たにさせてくれるバットです。

　残る１本は３年前の１２月、横浜高校野球部５０周年式典の司会をさせて頂いた時のもの。
<img alt="18_a05.jpg" src="http://www3.tvk-yokohama.com/yoshii/18_a05.jpg" width="250" height="177"/border="0" align="left" style="padding-right:10px;">鏡開きの際に使用したバットで「硬式バットでありながら、鏡開きに適した特別製」だそうです。
非常に価値ある一品ですが素人の私が手にしてもバランスが良く振りやすく感じます。
今は野球をしている中学１年の長男が好んで毎日の“素振り”に使用しています。
横浜高校野球部５０年の歴史のご利益があるといいのですが…

　特別コレクションしようと意識したことはないのですが、自然と我が家にあつまったバット達。１本１本と思いを語り合えるような、愛着があります。
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   <title>盛岡へ</title>
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   <published>2007-09-01T05:57:39Z</published>
   <updated>2008-01-30T08:47:54Z</updated>
   
   <summary> 今年の夏は妻の実家、私が社会人生活をスタートした場所、岩手県盛岡市へと４日間出...</summary>
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      <![CDATA[<img alt="img_17_1.jpg" src="http://www3.tvk-yokohama.com/yoshii/img_17_1.jpg" width="200" height="270" /border="0" align="left" style="padding-right:10px;">

今年の夏は妻の実家、私が社会人生活をスタートした場所、岩手県盛岡市へと４日間出掛けました。

7時間近い道のりを、家族を乗せ一人で運転し続け、ようやく到着した地で待っていたのは・・・最高気温36度8分の猛暑。かつて22歳から9回経験した盛岡の夏でしたが体温より高い外気には触れた記憶は皆無。ニュースでは全国各地の記録的な暑さを伝えています。 盛岡に来ても逃れられぬ酷暑、こんなはずでは…。

しかも、妻の実家にはエアコンがありません。本来、盛岡では夏の暑さが長期に渡っては続かず、夜は気温が下がるので設置していない家も多いのです。
実際、私も盛岡に住んでいた頃は暖房器具しか備えていませんでした。
運転の疲れや寝不足と重なって、完全な夏バテです。（全国各地では40度を超えたところもありましたが）これでは横浜スタジアムで仕事中に体感した人工芝の上の暑さと変わりありません。 なんとしても盛岡にふさわしい涼を求めて、出掛けたのが市の中心部に程近い鉈屋町（なたやちょう）。城下町の風情を残し、近くには “平民宰相” 原敬の墓所があります。ここには 「大慈清水」 「青竜水」 と名付けられた湧水の井戸があり、今でも地元の方々が利用しています。周りには蔵元や豆腐屋さん、お蕎麦屋さんがあり歴史の中で良質の湧水が果たしてきた役割が偲ばれます。

　　　　　　　　　　　　　<img alt="img_17_2.jpg" src="http://www3.tvk-yokohama.com/yoshii/img_17_2.jpg" width="314" height="222" />

今回訪れたのはかつて竜が住んでいた地と伝えられてきた場所にある 「青竜水」。
4つの段に仕切られた水槽を湧水が流れています。一番上の屋根で囲った所で飲み水を汲み、二段目でお米を洗い、三段目で野菜と食器を洗い、一番下が洗濯用でした。今でも日中は近隣の人達が途絶えることなくやって来てペットボトルに飲み水を注いでいます。

　　　　　　　　　　　　　<img alt="img_17_3.jpg" src="http://www3.tvk-yokohama.com/yoshii/img_17_3.jpg" width="314" height="222" />

近所の方に伺ったところ、一番下の段の水槽では水遊びも大目に見てもらえるとのこと。あまりにも気持よさそうなので、お邪魔して足を入れさせて頂くことにしました。夏は冷たく冬は暖かく感じる井戸水。 冬に出掛けた温泉の “足湯” の逆。控え目にゆっくり足先を落として行くと…優しく程よい冷たさがじわりと体中に染み渡り、無理なく頭の先の熱まで冷ましてくれます。この夏一番の至福の時でした。ボトルに汲んだ口当たりの良い湧水を飲み乾すと、体力も回復。湧水に到着した時はフラフラだった足取りが、すっかり元気になりました。

　　　　　　　　　　　　　<img alt="img_17_4.jpg" src="http://www3.tvk-yokohama.com/yoshii/img_17_4.jpg" width="314" height="222" />

翌日からは、さすがに盛岡の酷暑は少しずつ大人しくなり、虫の音も徐々に秋の気配を感じさせるものに．．．今となっては少々懐かしくも思える暑さ。野球場での仕事も含め、今年は相当に体力を消耗した夏だった様に思えます。でも、なぜか体重は減りませんでした。 ]]>
      
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   <title>ラグビートップリーグ</title>
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   <published>2007-03-01T05:39:40Z</published>
   <updated>2008-01-30T08:43:27Z</updated>
   
   <summary> 「日本選手権では、ありがとうございます！福岡の実家にＶＴＲを送ったら親父が喜ん...</summary>
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      <![CDATA[<img alt="img_16_1.jpg" src="http://www3.tvk-yokohama.com/yoshii/img_16_1.jpg" width="200" height="272"/border="0" align="left" style="padding-right:10px;">
「日本選手権では、ありがとうございます！福岡の実家にＶＴＲを送ったら親父が喜んでくれました。」

初年度のラグビートップリーグがスタートする直前の記者発表があった２００３年９月、思いがけず握手を求められました。握手の相手は東芝府中（現在は東芝）ブレイブルーパスの冨岡鉄平主将。今季で勇退した薫田真広監督とともに５年間チームを引っ張り、トップリーグ、日本選手権、マイクロソフト杯合わせて８度の優勝を手にしました。
<br>
<img alt="img_16_2.jpg" src="http://www3.tvk-yokohama.com/yoshii/img_16_2.jpg" width="250" height="164"/border="0" align="left" style="padding-right:10px;padding-left:10px;"><img alt="img_16_3.jpg" src="http://www3.tvk-yokohama.com/yoshii/img_16_3.jpg" width="250" height="164" />

同年２月の日本選手権で東芝府中の中継を担当した私は、まだ２５歳でレギュラーを目指していた時期の冨岡選手を主将に指名した理由を、就任一年目だった薫田監督に尋ね、「彼はチームに一番必要な “熱”（熱い気持）をもっていたから。」 という答えを頂き、実況に盛り込みました。とてもニュアンスを全ては伝えきれない拙い喋りですが、冨岡主将のみならずお父様が喜んでくださった事は、自分自身にとっても大きな励みでした。

　　　　　　　　　　　　　　<img alt="img_16_4.jpg" src="http://www3.tvk-yokohama.com/yoshii/img_16_4.jpg" width="250" height="164" />

以来取材を重ねる度に、冨岡主将の “熱” に心を打たれ続けています。練習後には足を動かすのも苦しい打撲を負いながらも「ごめん、ごめん」 と当たり前の様に、一時離れた練習の輪に戻っていく姿は幾度となく目にしました…「ある段階までは、メンタル面をしっかりする事でチームは強くなる。」 と冨岡主将が感じたのは福岡工業大学時代。
九州学生リーグで２年時には１５７対０で負けた福岡大学を相手に、４年時には敗れたものの２４対１２。リーグ最下位だったチームは２年間で、あと一歩で大学選手権出場というステップを駆け上がりました。

　　　　　　　　　　　　　　<img alt="img_16_5.jpg" src="http://www3.tvk-yokohama.com/yoshii/img_16_5.jpg" width="250" height="164" />

一方で、自ら率先した “熱” を決して人に押し付けません。練習後の帰り際にある選手が、うつむいたままチームメイトに挨拶せず通り過ぎたことがありました。冨岡主将は黙って優しい表情で控え目に見つめています。後で冨岡主将に「立場上（その選手の）様子が気になって、心に尾を引いてしまうことはありませんか？」 と伺ったところ「必要と感じたらもちろん声をかけます。でも、僕もチームメイトもお互い考えていることは分かっていますから、そっとしておきました。」 という答え。「過去には失言もしました。」 と謙遜しますが、試合後のインタビューでは飾らない自分の言葉で対戦相手を賞賛し、反省し、無理なく周りの人に配慮した発言を選べる…冨岡主将のきめ細かい魅力を垣間見た気がします。

<img alt="img_16_6.jpg" src="http://www3.tvk-yokohama.com/yoshii/img_16_6.jpg" width="250" height="164" /border="0" align="left" style="padding-right:10px;padding-left:10px;"><img alt="img_16_7.jpg" src="http://www3.tvk-yokohama.com/yoshii/img_16_7.jpg" width="250" height="164" />

５年間勤めた主将の感想を聞くと「皆が本当にたくましくなった。 例えば１年後輩でロックの大野！　彼が初めて福島から上京して東芝のグラウンドに来た時、　ネクタイの結び方を知らなくて固結びをしていました。　結び目を解いて、ネクタイを締め直したことが大野との出会い。　でも、今や日本代表に欠かせない一流の選手になってくれました。」話の殆どは機知に富みながら、チームメイトを称えるものでした。

　　　　　　　　　　　　　　<img alt="img_16_8.jpg" src="http://www3.tvk-yokohama.com/yoshii/img_16_8.jpg" width="250" height="164" />

今年２月２５日には日本選手権連覇。
チームメイトに胴上げされた冨岡主将は、同時にボトルに入った水をたくさん浴びて祝福されました。薫田監督が 「冨岡は主将になる前、　いじられる（親愛をもってからかわれる？）キャラクターでもありました。」 と言っていたことが少々納得...。 

<img alt="img_16_9.jpg" src="http://www3.tvk-yokohama.com/yoshii/img_16_9.jpg" width="250" height="164"/border="0" align="left" style="padding-right:10px;padding-left:10px;"><img alt="img_16_10.jpg" src="http://www3.tvk-yokohama.com/yoshii/img_16_10.jpg" width="250" height="164" />

薫田監督は東芝の指揮を執る最後のシーズンに冨岡主将がＭＶＰを獲得し、心から喜びました。“最高の主将” と評します。冨岡主将は 「薫田さんに巡り会わなければ、今の自分はなかった。　今までの人生で人との出会いに関しては 『自分の強運』 を信じています。」 と話してくれました。 

<img alt="img_16_11.jpg" src="http://www3.tvk-yokohama.com/yoshii/img_16_11.jpg" width="250" height="164"/border="0" align="left" style="padding-right:10px;padding-left:10px;"><img alt="img_16_12.jpg" src="http://www3.tvk-yokohama.com/yoshii/img_16_12.jpg" width="250" height="164" />

…去年１２月、活躍を喜んでいた冨岡主将のお父様が亡くなられました。
冨岡主将は悲しみを堪え、訃報から３日後の神戸製鋼を戦い主将の役割を果たしました。精神的にも厳しかったと思いますが 「今シーズンは気持の面では充実できました。」 と振返ります。

次のシーズン、主将は一人の選手に戻って新たな戦いに挑戦。選手、さらに将来はもしかしたら指導者としての “熱” をこれからもお伝えできることが楽しみです。ラグビー中継を通じた出会いは、私にとっても強運だと思います。

<img alt="img_16_13.jpg" src="http://www3.tvk-yokohama.com/yoshii/img_16_13.jpg" width="250" height="164" /border="0" align="left" style="padding-right:10px;padding-left:10px;"><img alt="img_16_14.jpg" src="http://www3.tvk-yokohama.com/yoshii/img_16_14.jpg" width="250" height="164" />]]>
      
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   <title>旅先で買った記念品</title>
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   <published>2006-12-01T05:30:29Z</published>
   <updated>2008-01-30T08:27:24Z</updated>
   
   <summary>なかなか物を捨てられない性分、良く言えば物持ちがいいのか、自宅の部屋を少し片付け...</summary>
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      <![CDATA[なかなか物を捨てられない性分、良く言えば物持ちがいいのか、自宅の部屋を少し片付けると今まで旅先で買った思い出の品の数々に行き当たります。

小学校の頃から２０歳くらいまで、出掛けた先で必ず買っていたのが定番のお土産 “絵葉書”。鳥取砂丘、青森下北半島の恐山、１９８１年神戸ポートピア…３０年以上前の絵葉書もあり、中には微妙に印刷状態の良くないものも存在します。

　　　　　　　　　　　　<img alt="img_15_2.jpg" src="http://www3.tvk-yokohama.com/yoshii/img_15_2.jpg" width="312" height="215" />

なぜ絵葉書にこだわり続けたのかは、我ながら不明です。たいしたポリシーは無かったはずですが、少年時代からどこへ旅行していたのか一目で振り返る事ができます。

社会人になってから２０代までは、岩手県の放送局に在籍していました。甲子園や花園ラグビー場に岩手代表校の取材に行く度に買い求めたのが、これも極めて定番の品々ですが、校名の入ったペナント。特に甲子園では岩手代表校がなかなか勝てない時期でした。「必勝！」 の願いを込めて手にした記念のペナントを見つめていると…苦しかった試合、時には味わえた勝利の喜び、アルプススタンドでどんなリポートやインタビューをしたか、様々な思い出が蘇ってきます。 

　　　　　　　　　　　　<img alt="img_15_3.jpg" src="http://www3.tvk-yokohama.com/yoshii/img_15_3.jpg" width="312" height="215" />

海外旅行をした際に、入手しているのが現地の新聞。その日の天気や出来事が記されており思った以上にいい記念品になります。メキシコに到着した日は、国民的英雄のボクシングの世界タイトルマッチがあり街中が熱狂していたこと‥メジャーリーグ、ニューヨーク・メッツの夕方から始まったダブルヘッダーを見に行った時は、一試合目が延長１４回の熱戦になり二試合目を見終わったら翌日午前１時を回っていたこと等‥。本当はきちんと日記にでもまとめておけばいいのかもしれませんが、根が不精なため物置の片隅に積んだ古新聞が貴重な資料となっています。 

　　　　　　　　　　　　<img alt="img_15_4.jpg" src="http://www3.tvk-yokohama.com/yoshii/img_15_4.jpg" width="312" height="215" />

結婚し、父親になってからは子供達を喜ばせようと買ってきた各地の観光キャラクター、マスコットのぬいぐるみがお土産となっています。子供達が最も気に入っているのは福岡で買った明太子のぬいぐるみ “めんたい君”（写真左）あの明太子を 「よくぞ可愛らしいマスコットにしたもの」 と感心し、思わず買ってしまいました。
もう一つは札幌テレビ塔のキャラクター “テレビ父さん”（写真右）テレビ塔の下で販売していてかなりの人気を博しているそうです。 ゴムひもが付いていて、上下に揺さぶると 「びよ～ん！」 と音がするとても “ゆるい” マスコットです。 

　　　　　　　　　　　　<img alt="img_15_5.jpg" src="http://www3.tvk-yokohama.com/yoshii/img_15_5.jpg" width="312" height="215" />

この夏新たに子供達のコレクションとして加わったのが、伊豆熱川バナナワニ園（熱帯植物の園にうじゃうじゃワニがいるところです。）のマスコット “バナナワニ”（右の写真）。正にそのままのネーミングですが、バナナとワニが見事に融合！！口の中にはバナナを模した舌がはいっていました。  

　<img alt="img_15_a.jpg" src="http://www3.tvk-yokohama.com/yoshii/img_15_a.jpg" width="520" height="175" />

あくまで個人的な満足ですが、日本各地のお土産や、訪ねた先のパンフレットを並べてみると、４７都道府県のうち訪れたことのない県は徳島を残すのみとなりました。
今年は無理でしたが来年、再来年…いや、もう少し先になるかもしれませんが是非近々日本全国を踏破して、記念の品々を集めたいとささやかな願いを抱いています。  ]]>
      
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   <title>アナウンサー２０周年！</title>
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   <published>2006-04-01T05:22:41Z</published>
   <updated>2008-01-30T08:25:03Z</updated>
   
   <summary> おかげさまで２０周年を迎えました！ 先日ハンドボール中継の際に「中学時代、岩手...</summary>
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      <![CDATA[<img alt="img_14_1.jpg" src="http://www3.tvk-yokohama.com/yoshii/img_14_1.jpg" width="200" height="279"/border="0" align="left" style="padding-right:10px;">
おかげさまで２０周年を迎えました！
先日ハンドボール中継の際に「中学時代、岩手県で吉井さんのラジオ番組に葉書を出して読んでいただいたことがあるんですよ。」 と同業他社の若手に言われ、歳月の流れを感じてしまいました。
正直ここ数年は、自分が社会人になって何年目という感覚は薄れていたのですが、ふと数えてみたら今年度がアナウンサーになって２０年目に当たると気付いたのです。（ＩＢＣ岩手放送でスタートして９年、ｔｖｋで１１年目です。）巷では “新人類” という言葉が流行った１９年前の春はアナウンサー研修の真只中。


　　　　　　　　　　　　　　　<img alt="img_14_2.jpg" src="http://www3.tvk-yokohama.com/yoshii/img_14_2.jpg" width="250" height="165" />
　　　　　　　　　　　（写真は入社間もない頃、確かロケの移動の車中でした。）

早く実況がしたいなあ～」 と思いながらも「まず、原稿が読める様になってから！」 と連日先輩方から、約２ヶ月にわたって厳しい指導を受けました。ようやく５月になってニュース勤務のシフトに入り、最初は連日朝６時０１分から４分間のラジオニュース担当。

元々宵っ張りの私はなかなか早い時間に寝付けず、朝寝坊の恐怖と戦いながらの毎日でした。幸い目立った寝坊は（多分？まあ、殆ど）なかったのですが、いざデビューすると毎日失敗ばかり。とてもこのスペースで書ききれるものではありません。ある先輩から 「一度したミスは二度としない様に書き留めておくといい。」 とアドバイスを頂き、些細な事まで手帳に記しました。２０年目の今も続けている習慣で、日記の様になっています。まあ、勤務等の予定の横に失敗や反省ばかりがしたためられているので、恐ろしくネガティブな日記ですが・・・。

<img alt="img_14_3.jpg" src="http://www3.tvk-yokohama.com/yoshii/img_14_3.jpg" width="250" height="165"/border="0" align="left" style="padding-right:10px;">今見返すと 「何をやっていたんだ」 と思ってしまうこともありますが、ハッとさせられる内容も見つかります。多分先輩や仕事で知り合った方のアドバイスをそのまま書いてあるのですが「上手か下手か以上に最後に問われるのが、いい人間か否か」「才能というものは基本的に存在しない。もしあるとすれば『努力を継続できる』才能だけ。」．．．今も重く心に響くのは、当時から自分が大して進歩していないからという反省が半分。一方では、実に多くの人達に迷惑をかけながらも支えていただいた事に気付かされます。

どちらかと言えば今まで、あまり節目は振り返らず「今日よりも明日を良い日にしよう」 と日々を重ねてきましたが、アナウンサー生活２０年目は感謝の思いをしっかり込めて歩みたいと決意を新たにしました。]]>
      
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   <title>花園へ</title>
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   <published>2006-02-01T05:12:51Z</published>
   <updated>2008-01-30T08:20:52Z</updated>
   
   <summary>「ラグビーは熱い．．．」 と改めて心を打たれました。年明けは、大学選手権での早稲...</summary>
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      <![CDATA[<img alt="img_13_1.jpg" src="http://www3.tvk-yokohama.com/yoshii/img_13_1.jpg" width="200" height="257"/border="0" align="left" style="padding-right:10px;">「ラグビーは熱い．．．」 と改めて心を打たれました。年明けは、大学選手権での早稲田圧勝の合間に神戸でワールド取材を挟んで、花園へ。桐蔭学園初の決勝進出への道程を追ったのです。

全国高校ラグビーの舞台に来るのは7年ぶり。 後に早稲田主将となり現在はサントリーで活躍する山下選手を擁した桐蔭学園が初のベスト４になった年、中継のリポーターを務めました。準決勝の相手は7年前と同じ大阪工大高校。 当時の桐蔭学園は、神奈川国体を経て鍛えられた小型FWが健闘しましたが２４対２２、僅かの差で勝利に届かず・・・。
今回の桐蔭学園FWは平均体重９２ｋｇに届こうかという大きさ。キックオフ前は、お互いのチームカラーが、以前とは逆転した印象すらありました。しかし今大会で啓光学園の5連覇を阻んだ大阪工大高校は、接点で倒れないしハンドリングミスもない強敵。正直前半を見た限りでは勝機はないかに思えました。 それでも選手達は諦めませんでした。

藤原監督が 「0対１０の前半だったけど、ＦＷは優位。前半最後にチャンスを作れたし、ディフェンスも修正できてきた。」 と話す言葉を証明。

　　　　　　　　　　　　<img alt="img_13_2.jpg" src="http://www3.tvk-yokohama.com/yoshii/img_13_2.jpg" width="310" height="206" />

風上の後半、激しいプレッシャーに負けず密集からボールを運び続け、ロスタイムで見事に逆転。 12対10・・・7年前とは逆の2点差勝利。 会場に駆けつけたワールド四宮選手や神戸製鋼の後藤選手らＯＢも劇的な勝利を、祝福しました。
翌々日は、私にとっても初めて目の当たりにする決勝戦。

　　　　　　　　　　　　<img alt="img_13_3.jpg" src="http://www3.tvk-yokohama.com/yoshii/img_13_3.jpg" width="310" height="206" />

取材のカメラマンやディレクターとともに小雪の舞う中、独特の重いムードに包まれながら淡々とキックオフを迎えました。残念ながら試合の大勢は、風下の前半伏見工業の速さと巧さに翻弄され０対２４となった時点で傾いてしまいました。どうしても桐蔭学園の視点から試合を見たせいか、少々厳しいレフリングも感じてしまいますが、伏見工業は素晴らしいチーム。 前半の反則はゼロ（後半も3つだけ）、マイボールは失わずディフェンスも良いため、桐蔭学園のチャンスがなかなか訪れません。リードした終了５分前も、“時間稼ぎ” など眼中になく、ハーフウェイラインまで全力疾走！

　　　　　　　　　　　　<img alt="img_13_4.jpg" src="http://www3.tvk-yokohama.com/yoshii/img_13_4.jpg" width="310" height="206" />

桐蔭学園も後半モールを軸に、藤原監督が 「ＦＷの意地だったのでしょうね。」 と振り返る２つのトライを返しますが、届かず・・１２対３６。

　　　　　　　　　　　　<img alt="img_13_5.jpg" src="http://www3.tvk-yokohama.com/yoshii/img_13_5.jpg" width="310" height="206" />

ＦＷを引っ張った一人フッカーの伊藤選手は敢えて「今日はＦＷでしか点を取れなかった事が反省。」 と話しました。桜井主将は準決勝の後 「まだまだ不満。 ゴールはここじゃない。」 と味方同士の握手を自粛させて臨んだ決勝戦。。。。。。。。。
何度も相手のターゲットになり密集に巻き込まれ、顔がすり傷だらけになりながらも「ＦＷが取ってくれたボールは絶対に生かす！」 とボールを供給し続けました。

会話の端々に不自然なく 「絆」 「武士道」 「グラウンドは戦場」 という言葉を選び、とても高校3年生とは思えない精神面の強さを発揮した主将は．．．「伏見工業は優勝にふさわしいチーム。」 と目を真っ赤にして勝者を称えます。 

　　　　　　　　　　　　<img alt="img_13_6.jpg" src="http://www3.tvk-yokohama.com/yoshii/img_13_6.jpg" width="310" height="206" />

短い取材期間でしたが、対戦相手を認め大舞台でも成長を続けてきた桐蔭学園ラグビー部を間近にして「できれば、せめてもう２～３試合このまま伸びていくチームを見てみたい・・・」 というかなわぬ思いが頭をよぎってしまいました。。]]>
      
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   <title>教育実習</title>
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   <published>2005-12-01T05:03:49Z</published>
   <updated>2008-01-30T08:17:43Z</updated>
   
   <summary>大学野球、ラグビー、時にはラグビートップリーグの取材中「教育実習に行っていました...</summary>
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      <![CDATA[大学野球、ラグビー、時にはラグビートップリーグの取材中「教育実習に行っていました。」 という選手に出会います。教員免許取得を志した人は、春か秋のいずれかに（多くの場合母校へ）一定期間の実習へ出掛けなくてはなりません。懐かしいなあ・・・教育実習！ 

．．．今からもう19年前（西武ライオンズのルーキーだった清原が活躍し、映画 『ロッキーⅢ』 が封切りされた頃）大学4年の6月、私も母校である千葉県の市川高校で2週間、社会科の教育実習を経験しました。高校3年時の恩師（今は、校長先生になられています。）を訪ね食事をご馳走になり、私の担当に就いて下さった先生にレクチャーを受け、在学中よく“愛の平手打ち” を（今はもうないと思いますが）頂いた先生には恐る恐る挨拶。 

<img alt="img_12_1.jpg" src="http://www3.tvk-yokohama.com/yoshii/img_12_1.jpg" width="180" height="241"/border="0" align="left" style="padding-right:10px;">中高一貫の男子校。
正直卒業時は、来るべき大学生活への思いの方が強く「親しい友人とはずっと連絡を取り合うのだし・・・」 とあまり感慨はなかったのですが、4年ぶりに通う母校は大変懐かしく、職員室を軸に見渡す風景は新鮮でした。

担当した教科は1年生の地理と3年生の政経。1年9組のホームルームもさせていただきました。今思うと、大した準備もせず元気と勢いに任せた授業に加えて、数多くの失敗や失言。担当の先生には随分ご迷惑をかけてしまいました。JR本八幡駅から歩いて20分の道程を、遅刻ぎりぎりのため10分で走る自分に「4年経っても、進歩してないなあ～」 と反省しきり。それでも、あっという間に過ぎた2週間は今も忘れられない充実した日々でした。（アナウンサー受験をやめて、教員採用試験を受けようかと悩んだ程でした。）

B6の紙に、当時の生徒に書いてもらった授業の感想約200枚は今も大切な宝物です。 

　　＊ 大きく、見やすく、汚い字。
　　＊ 黒板の字が右に行くほど大きくなる。 遠近法を使っているのだろうか？ 

という板書のクレームから 

　　＊ 社会科の先生にありがちな理想論がある。 現実はもっと厳しい。 

と、ドキッとさせられるものも。 

　　＊ パワフルで印象に残る授業でした。
　　＊ 目が印象的で親しみ易い。 これからも笑顔でいてください。
　　＊ やけに熱い。 金八先生の見過ぎかも。
　　＊ 大学4年と思えない程、妙にふけて、いや、落ち着いている。 

19年を経た現在の自分にとっても、
反省すべき点や元気を与えてくれる言葉が散りばめられています。

<img alt="img_12_3.jpg" src="http://www3.tvk-yokohama.com/yoshii/img_12_3.jpg" width="315" height="227"/border="0" align="left" style="padding-right:10px;">今、高校のスポーツ中継の取材で、神奈川県内の様々な学校に伺う機会に恵まれています。高校生の気持と同時に、ほんの僅でも指導者の立場からの考え方を中継でも生かしたいと思えるのは、母校が卒業後に与えてくれた貴重な経験のおかげかもしれません。尚、最近母校は新校舎に移転し、男子校から男女共学へと移行しました。
どの位雰囲気が変わったのか？近々訪ねてみようと思います。]]>
      
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   <title>家族旅行</title>
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   <published>2005-09-01T01:33:30Z</published>
   <updated>2008-01-30T08:12:33Z</updated>
   
   <summary> 今年の夏休みは、大阪へ。 往復で車の運転を担当したお父さん（私）が徹底的に疲れ...</summary>
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      <![CDATA[<img alt="img_11_1.jpg" src="http://www3.tvk-yokohama.com/yoshii/img_11_1.jpg" width="180" height="257"/border="0" align="left" style="padding-right:10px;">
今年の夏休みは、大阪へ。
往復で車の運転を担当したお父さん（私）が徹底的に疲れる家族旅行でした。ユニバーサル・スタジオ・ジャパンを満喫し、海遊館で世界最大の魚ジンベエザメを目に焼きつけ、道頓堀界隈で食い倒れるというガイドブックそのままのコース。その合間を縫って出掛けたのが甲子園球場。小学校5年生の長男に（半ば強制的だったかもしれませんが）「一度甲子園を観てみたい！」 と言わせ、神奈川代表桐光学園の3回戦（京都外大西との試合）を応援に・・・
<br>
<img alt="img_11_2.jpg" src="http://www3.tvk-yokohama.com/yoshii/img_11_2.jpg" width="180" height="259"/border="0" align="left" style="padding-right:10px;padding-left:80px;"><img alt="img_11_3.jpg" src="http://www3.tvk-yokohama.com/yoshii/img_11_3.jpg" width="180" height="259" />

ｔｖｋに来る前、IBC岩手放送でアナウンサーをしていた頃はアルプス席からの応援リポートやニュース取材で毎年の様にやって来た場所。 私自身、夏は10年ぶり7度目の甲子園です。
24歳の夏、応援リポートで生放送の最中応援団の振り回していた校旗のポールで後頭部を殴られた事・・・12年前岩手代表久慈商業の取材では、現在の中日のエース川上投手擁する徳島商業に7回まで7対0とリードしながら８回に追いつかれ9回サヨナラ負けという未曾有の経験・・・
ｔｖｋでは高校野球取材で訪れる機会には恵まれていませんが、サンテレビとの共同企画で実現した阪神－横浜戦のベイスターズ応援実況や1998年ベイスターズ優勝のリポート・・・数々の思い出が詰まった球場です。

　　　　　　　　　　　　　　　　<img alt="img_11_4.jpg" src="http://www3.tvk-yokohama.com/yoshii/img_11_4.jpg" width="250" height="170" />

当日は、次の試合で大阪桐蔭が登場することもあって、桐光学園の一塁側は満席で仕方なく三塁側のスタンドへ。耐え難い蒸し暑さのため、名物 「かち割り氷」 の売り子さんを探しましたが10年前と比べ今は少数派。多くの売り子さんは凍らせた水やお茶、スポーツドリンクのペットボトルを販売。 なるほど、これは便利。ボトルを暑さで真っ赤な顔になりつつある長男の額や首筋に当て、束の間の涼を取りながらの声援です。残念ながら、3回戦に限っては桐光学園持ち前の粘りを発揮し切れませんでしたが随所に見せた好守、スタンドをブル－に染めた応援席、何より売店では殆どが売り切れていた桐光学園の名前が入った甲子園グッズ・・・神奈川代表桐光学園の底力と人気を再認識しました。

<img alt="img_11_5.jpg" src="http://www3.tvk-yokohama.com/yoshii/img_11_5.jpg" width="250" height="170"/border="0" align="left" style="padding-right:10px;padding-left:10px;"><img alt="img_11_6.jpg" src="http://www3.tvk-yokohama.com/yoshii/img_11_6.jpg" width="250" height="170" />

普段ナイター中継よりお笑い番組を楽しみにしている長男が、仮にも初めて 「観たい！」 と言った甲子園。暑さにも文句一つ言わず、試合に熱中していました。唯一欲しがったお土産の記念ボールは机に大事に飾ってあります。
親馬鹿、手前味噌かもしれませんが、去年春に長男がラグビースクールに通い始めた時以来の、父親にとって 「ちょっとした嬉しい瞬間」 でした。 ]]>
      
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   <title>石井投手との再会</title>
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   <published>2005-03-01T01:14:33Z</published>
   <updated>2008-01-30T08:08:52Z</updated>
   
   <summary> かつて高校野球中継等で出会った選手に、再び巡り会えた時は「スポーツ中継を担当し...</summary>
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      <![CDATA[<img alt="img_10_1.jpg" src="http://www3.tvk-yokohama.com/yoshii/img_10_1.jpg" width="180" height="242"/border="0" align="left" style="padding-right:10px;">
かつて高校野球中継等で出会った選手に、再び巡り会えた時は「スポーツ中継を担当してよかったなあ．．．」 と感じる瞬間の一つです。

先日、中日ドラゴンズのルーキー石井裕也投手が阪神戦でリリーフ登板してプロ初勝利！続く広島戦でも勝ち投手になりました。 ．．．６年前石井投手は横浜商工（現在の横浜創学館）のエースとして夏の神奈川大会のマウンドに。１４０km/ｈを超えるストレートと切れのあるスライダーで三振の山を築きました。

<img alt="img_10_2.jpg" src="http://www3.tvk-yokohama.com/yoshii/img_10_2.jpg" width="250" height="188"/border="0" align="left" style="padding-right:10px;padding-left:10px;"><img alt="img_10_3.jpg" src="http://www3.tvk-yokohama.com/yoshii/img_10_3.jpg" width="250" height="188" />

石井投手は生まれたときから感音性難聴のため、左耳は聞こえず右耳から補聴器を通してわずかな音を感じ取っています。 高校時代チームのキャプテンだった宇田川捕手は大きなゼスチャーを交え、口元を読み取りながらの会話。「コミュニケーションの取り方は慣れています。それよりも、高校野球で石井という素晴らしいピッチャーに会えて本当によかった。」と言うキャプテン。準々決勝で横浜高校に敗れ、甲子園出場はなりませんでしたが、石井投手は爽やかな表情で保土ヶ谷球場を後にしました。

<img alt="img_10_4.jpg" src="http://www3.tvk-yokohama.com/yoshii/img_10_4.jpg" width="250" height="188"/border="0" align="left" style="padding-right:10px;padding-left:10px;"><img alt="img_10_5.jpg" src="http://www3.tvk-yokohama.com/yoshii/img_10_5.jpg" width="250" height="188" />

当時、宇田川キャプテンに付き添ってもらいながら石井投手を取材したメモには、

　　「将来はプロ野球選手になりたい。 
　　　好きな投手は石井一久さん（現ニューヨーク・メッツ）。 でもベイスターズファンです。」

　　「野球をしている時は、自分の聴力がハンデと思った事はありません。
　　　もし自分と同じ悩みを持つ子がいたら、『大丈夫だから！』 と言ってあげたい。」

という言葉が記してありました。 

卒業後は三菱重工横浜でプレー。
２００１年にはチームがクラブ化する中、環境の変化に負けずに力をつけ、今シーズン中日入りを果たしました。今年２月、中日の沖縄北谷キャンプを取材し、久しぶりに石井投手に出会えました。ちゃんと高校時代の事を覚えてくれています。

<img alt="img_10_6.jpg" src="http://www3.tvk-yokohama.com/yoshii/img_10_6.jpg" width="250" height="188"/border="0" align="left" style="padding-right:10px;padding-left:10px;"><img alt="img_10_7.jpg" src="http://www3.tvk-yokohama.com/yoshii/img_10_7.jpg" width="250" height="188" />

６年前と比べ当然体は逞しくなりましたが、輝いた表情は高校時代のまま。何より驚いたのが（失礼かも知れませんが）会話が上手になった事。補聴器の性能が良くなった要因もあると思いますが、石井投手自身も相当な努力をしたはずです。

「コミュニケーションは周りの人達が理解してくれるので、とてもとり易い。 自分はどんな場面でもマウンドに立つつもり。 横浜スタジアムでの登板を楽しみにしています。」と話してくれました。

ブルペンでボールを受けていた谷繁捕手は、大きく分かり易い動作を使ってアドバイス。担当記者達は、少しだけゆっくり言葉を操りながらスムーズに石井投手への取材を行っています。この日は石井投手の高校時代の恩師、森田監督から預かった「怪我だけは気をつける様に。」 という一言を伝えて、横浜スタジアムでの再会を誓いました。 ．．．層の厚い中日投手陣の中から頭角を現し、連日ヒーローインタビューを受ける石井投手の姿は今、一段と逞しく見えます。「野球をしている時は、聴力をハンデと思った事はない。」実力が頼りの厳しいプロの世界で、石井投手は見事に証明してくれました。 ]]>
      
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   <title>１８年前の思い出</title>
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   <published>2005-01-01T01:08:39Z</published>
   <updated>2008-01-30T08:00:31Z</updated>
   
   <summary>年が明け、寒い季節を越えると、足早にやって来る新年度。 街中では、就職を控え「卒...</summary>
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      <![CDATA[<img alt="img_09_1.jpg" src="http://www3.tvk-yokohama.com/yoshii/img_09_1.jpg" width="204" height="300"/border="0" align="left" style="padding-right:10px;">年が明け、寒い季節を越えると、足早にやって来る新年度。 街中では、就職を控え「卒業旅行」 のプランを練り始めている人達の話を、時々耳にします。

私の場合は、今から１８年前。 アナウンサーとしてスタートを切った会社（以前にも書きました、岩手放送）の研修が２月から始まるため、大学の試験期間中、合間を縫った１月後半、約２週間の一人旅でした。主な行き先は、タイ。道中、４日間過ごしたのがプーケット島・・・年末の津波で大きな被害を受けた場所の一つです。当時は、今ほど観光地化しておらず、滞在したKataビーチは人影もまばらでした。どこまでも、のどかな風景が広がっています。 想像を絶する強烈な陽射し。

　<img alt="img_09_a.jpg" src="http://www3.tvk-yokohama.com/yoshii/img_09_a.jpg" width="520" height="174" />

岩場に潜れば、体をくすぐる様につついてくる熱帯魚。さして美味しいとは思わなかったのに、なぜか毎日海辺のレストランで食べたサメのステーキとフルーツサラダ。一泊１０００円のバンガローは造りが古く、夜中に蚊帳の隙間から枕元に落ちてきた、２０ｃｍ大のトカゲ。

　<img alt="img_09_b.jpg" src="http://www3.tvk-yokohama.com/yoshii/img_09_b.jpg" width="520" height="176" />

写真を撮る機会そのものが少なかったのか、私のカメラを見ると「撮ってくれ。 日本に帰ったら、写真をおくってくれ！」 と半ば一方的なペースで、メモ帳に住所を書き込む親子・・・沢山の思い出の中で、一番心に刻まれたのは 「優しさ」 でした。プーケットの人達に道を尋ねると、たとえ言葉が通じなくても、最後まで諦めずに教えてくれます。

　<img alt="img_09_c.jpg" src="http://www3.tvk-yokohama.com/yoshii/img_09_c.jpg" width="520" height="173" />

ビーチに行くためにバッグを預けたレストランの店員は、夕方戻った際、バッグの破れていた箇所をきれいに修繕してくれました。

　　　　　　　　　　　　　<img alt="img_09_8.jpg" src="http://www3.tvk-yokohama.com/yoshii/img_09_8.jpg" width="315" height="213" />

今回の津波で、インド洋側のKataビーチも被害を受けたと聞きます。 インターネットで見た限りでは、人々は復興に向けて立ち上がり、少しずつ、通常営業をしているホテルも増えているようでした。 それでも、「心優しい人達」 がもしかしたら、辛い生活を強いられているのでは？と映像を目にする度に心が痛みます。
せめて、１８年前の思いに少しでも応えようと、募金の機会を見つけては「輝いた笑顔を取り戻してくれますように。」 と願うばかりです。]]>
      
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   <title>野球シーズン到来！</title>
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   <published>2004-08-01T12:14:47Z</published>
   <updated>2008-01-30T07:56:48Z</updated>
   
   <summary>プロ野球、メジャーリーグ、高校野球・・・気付いたら、「一日中野球を観ていた」 と...</summary>
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      <![CDATA[<img alt="img_08_1.jpg" src="http://www3.tvk-yokohama.com/yoshii/img_08_1.jpg" width="200" height="257"/border="0" align="left" style="padding-right:10px;">プロ野球、メジャーリーグ、高校野球・・・気付いたら、「一日中野球を観ていた」 と、振り返る日が増えてきました。今は、野球中継を仕事としている身。 野球に対しては、多少なりとも真摯な気持と緊張感を持って接していますが、「野球が好きだ！」 という思いは、小学生の頃から、さほど変わっていないと思います。

趣味の欄に 『旅行』 とありますが、独身時代の１０年～１７年程前、まとまった休みの度に、格安航空券を買って１人旅立ち、折あらば各国の野球場に出掛けていた時期がありました。

初めてメジャーリーグの試合を観たのは１９９０年９月（今は、もう無くなってしまいました）
エンゼルスの本拠地アナハイムスタジアム。この時の相手、レンジャーズの先発ピッチャーがノーラン･ライアン（メジャー最多の通算５，７１４奪三振、４６歳まで速球王として活躍）。当時４３歳だったライアンは、ストレートと外角低目の切れ味鋭い変化球で、三振や内野ゴロにエンゼルス打線を退けていきます。 スタンドには、ライアンが三振を取る度に 「Ｋボード」 が掲げられました。

　<img alt="img_08_a.jpg" src="http://www3.tvk-yokohama.com/yoshii/img_08_a.jpg" width="520" height="173" />

残念ながら、不運な失点で敗戦投手になってしまいましたが、憧れのライアンの投球を目の当たりにした、約２時間２０分のテンポが速いゲームは、正に至福の時でした。

続いては、ベネズエラの首都カラカス、１９９４年の１月でした。 
国内ナンバー１を決める試合（日本シリーズの様なゲーム） が行われている真っ最中．．．ところが、試合の内容はあまり覚えていません。少々、身の危険を感じながらの観戦でした。一応カラカスを本拠地とするチームの応援グッズを身に付けて、場内へ。 すると、日本人が珍しかったのか（確かに他の日本人とは出会いませんでした）、すぐにビール片手の陽気な人達に囲まれ記念撮影。写真では楽しそうですが、求めに応じて、２０枚近くも撮り続けるのは大変なエネルギーでした。

　<img alt="img_08_b.jpg" src="http://www3.tvk-yokohama.com/yoshii/img_08_b.jpg" width="520" height="181" />

いざ、試合が始まると、大歓声の中、上空から応援道具やビールの栓、はたまたビールそのものが降ってきて、もみくちゃにされます。（もしかしたら、この時の経験は、１９９８年ベイスターズ優勝時のビールかけ中継に生きたかもしれません）観客席を仕切る金網の上が有刺鉄線になっていたり、物々しい警備体制になっている訳も理解できました。現在日本で活躍中の、ペタジーニやカブレラの故郷での野球観戦には、莫大なパワーが必要です。

最後は、１９８８年９月、ソウル五輪野球の決勝戦。 
野茂、古田らの日本は、隻腕投手アボット擁する米国に５対３で敗れ銀メダルでした。この時、ネット裏の米国放送席が気になり、こっそり回り込んで、実況の様子を見ていました。 アナウンサーになって２年目。 放送席は、特殊な空間としか思えていなかった自分にとって、目の前の雰囲気はカルチャーショックでした。アナウンサーもディレクターも信じ難い程ラフなムード。メモ用紙を片手に必要な情報を伝え、得点時は、喋りながらお互いにハイタッチ。歓喜の瞬間は、スタッフ全員が体中で喜びを表現していました・・・

　<img alt="img_08_c.jpg" src="http://www3.tvk-yokohama.com/yoshii/img_08_c.jpg" width="520" height="175" />

「いつの日か、感動の瞬間を、素直に体一杯に、見る人達と共感できる実況をしたい。」 と、当時から思いながら、あまりにも多い課題に悪戦苦闘し、今に至っています。

今シーズンは、どんな瞬間に出会えるのか、しっかりと大切にお伝えします。 ]]>
      
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   <title>ハンドボール日本リーグ</title>
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   <published>2004-03-01T08:50:57Z</published>
   <updated>2008-01-30T08:48:46Z</updated>
   
   <summary>ハンドボール日本リーグプレーオフ間近！！ ２月２１日、２２日と熊本へ出掛けました...</summary>
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      <![CDATA[<img alt="img_07_2.jpg" src="http://www3.tvk-yokohama.com/yoshii/img_07_2.jpg" width="210" height="146"/border="0" align="left" style="padding-right:10px;">ハンドボール日本リーグプレーオフ間近！！
２月２１日、２２日と熊本へ出掛けました。 日本リーグ女子全６チームが集い、プレーオフに進出する上位３チームを決する、重要な４試合の取材です。
熊本は、１９９７年に男子世界選手権が行われたハンドボール王国。会場の熱気に加え、初夏を思わせる、２２度を越す最高気温。厚いコートもセーターもバッグに詰め込み、汗を拭きながら動き回りました。

１位で、早々に１ヶ月後のプレーオフ決勝進出を決めたのが、６連覇に挑む広島メイプルレッズ。チームをリードする林五卿監督兼選手と呉成玉選手は、昨年末の世界選手権で韓国代表に復帰。見事チームを銅メダルに導き、アテネ五輪出場権を獲得しました。 二人とも、今春から広島市内の小学校と幼稚園に通う子供を持つ（遠征にも一緒に来て、かわいい声援を送ります。）スーパーマザーです。

林監督兼選手は 「来日して１０年目。 今年度は自分達が不在の国体も優勝して、初めて年間全タイトル制覇を狙える。 いわば皆がくれたチャンスだから、６連覇以上に大切に思い、プレーオフを戦いたい。」と言葉を噛み締めました。また、青戸あかね主将の「うちは、練習しますから・・・。」 という短い一言は、ゆるぎない自信に満ちていました。プレーオフは２位と３位のチームが準決勝を行い、勝者が決勝で１位と戦います。

　　　　　　　　　　　　<img alt="img_07_3.jpg" src="http://www3.tvk-yokohama.com/yoshii/img_07_3.jpg" width="317" height="220" />
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　（林 監督）

２位はシャトレーゼ。 現在日本リーグ女子では唯一、関東以北のチームですが、昨年の１１月廃部が伝えられました。 最後のプレーオフです。 それでも、誰一人下を向かず、抜群のチームワークと組織力に磨きをかけて勝ち取った、大舞台。 原田恵主将が言う通り 「最高のモチベーション。」 で臨みます。チーム在籍８年目、メンバー中最も長くシャトレーゼの中心選手として活躍する稲吉希穂選手は「スピード感に溢れ、個々の能力が高い選手達が、常に周りを生かそうとするのが、シャトレーゼのハンドボール。 他のどのチームにもないプレーを見せます！」 と、燃えていました。尚、シャトレーゼは来年度、６人程のメンバーがチームに残り、新しいクラブへと歩みます。

　　　　　　　　　　　　<img alt="img_07_4.jpg" src="http://www3.tvk-yokohama.com/yoshii/img_07_4.jpg" width="317" height="220" />
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　（稲吉 選手）

３位オムロンは、６年ぶり１１回目の優勝を目指すプレーオフ。日本代表坂元智子選手をはじめ、主力選手の負傷が相次ぎ、苦しいリーグ戦でしたが、終盤の戦いは上昇ムード。広島メイプルレッズの林監督兼選手も警戒するディフェンス力が、リズムを作ります。チームから抜群の信頼を集める、佐久川ひとみ主将は 「ここまで来たら、がむしゃらに勝負します。あとは監督やコーチの言葉を、もう一度皆に伝え直す事が自分の役目。」 と大一番を見据えていました。「なんとしても、シャトレーゼに勝って、林と呉の二人が世界のトッププレーヤーとして輝いている時のメイプルレッズを破りたい。」 と語る西窪勝広監督の采配にも注目です。

　　　　　　　　　　　　<img alt="img_07_5.jpg" src="http://www3.tvk-yokohama.com/yoshii/img_07_5.jpg" width="317" height="220" />
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　（佐久川 主将）

もう１チーム、プレーオフこそあと一歩で逃しましたが、来季への可能性をアピールしたのが、ソニーセミコンダクタ九州。塩見博監督が 「（平均より約五割増のハイスコア）４０対３０の勝利。」 を目標に掲げた通り、日本のエース田中美音子選手やリーグ得点王の郭恵靜選手を軸に発揮する破壊力は、スタンドを沸かせました。 中でも、塩見監督が「誰にも真似できない、間合いを持っている。将来日本の司令塔に．．」 と期待を寄せるのは２１歳、長野かづさ選手。 高校卒業後、入社した強豪日立栃木が１年で廃部。 韓国に１年半留学し、今季の日本リーグに戻りました。 小さな頃からお父さんに鍛えられ、左右の腕で均等に繰り出されるシュートやパス。「勿論、日本代表や五輪は大きな夢。 メイプルレッズの林さんや呉さんのような選手を目指します。」 と目を輝かせていました。

　　　　　　　　　　　　<img alt="img_07_6.jpg" src="http://www3.tvk-yokohama.com/yoshii/img_07_6.jpg" width="317" height="220" />
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　（長野 選手）

日本リーグプレーオフは、男子女子とも東京の駒沢体育館で、３月２０日土曜日に準決勝、２１日日曜日に決勝戦。ｔｖｋテレビでは２０日が午後７時１５分から、２１日は午後７時５５分から、女子に続き男子の順に同日録画でお送りします。男子の実況は久保弘毅アナウンサー、女子の実況は私が担当です。 是非、お楽しみ下さい。 ]]>
      
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   <title>盛岡で過ごした冬</title>
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   <published>2003-12-01T08:46:53Z</published>
   <updated>2008-01-30T07:07:13Z</updated>
   
   <summary>３０歳を過ぎた頃から、アナウンサー何年目という数字があやふやになり始めましたが、...</summary>
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      <![CDATA[<img alt="img_06_1.jpg" src="http://www3.tvk-yokohama.com/yoshii/img_06_1.jpg" width="150" height="215"/border="0" align="left" style="padding-right:10px;">３０歳を過ぎた頃から、アナウンサー何年目という数字があやふやになり始めましたが、あらためて数えたら、２００４年度で１８年目になります。 もっとも、ｔｖｋに勤めてからは、９年目。社会人生活の前半は、ＩＢＣ岩手放送で過ごしました。
（写真は、入社５年目雪の中で）
初めての１人暮しをスタートした盛岡は、日本海側ほどの雪は降りませんが、とにかく冬は寒い。一度降った雪を道端に片付けると、一晩で氷の塊に豹変。 春が来るまで、よほどの暖かい日がないと、塊のまま残ります。 底にすべり止めのない靴では、歩道を歩けません。毎日スキー場にいるような気分でした。

お世話になった 『佐々木アパート』 の大家さんから、「水道の水に気を付けて。」 と言われた事が、最初は何を意味するのか、分かりませんでしたが、実は大問題。
盛岡市内でも、翌朝の気温が、マイナス５度以下の予想の日は、水道管の水が凍る恐れがあります。そんな日は、夜の内に、水道の元栓 （私のアパートでは、玄関の外にありました。） を締めて、水道管の水を抜いておきます。
もしも、水抜きを忘れてしまったら・・・。 朝、蛇口をひねっても水は出て来ません。顔も洗えず、仕方なく、洗面道具一式を持って会社に行くしかありませんでした。 先輩の中には、とりあえず、冷蔵庫にあった牛乳で歯を磨いた方もいましたが・・・。

<img alt="img_06_2.jpg" src="http://www3.tvk-yokohama.com/yoshii/img_06_2.jpg" width="240" height="163"/border="0" align="right" style="padding-right:10px;">早朝のニュースやラジオ番組を担当する日は、５時半の出社。最低気温がマイナス１０度以下の日は車の、フロントガラスがびっしり凍って前が見えません。ため息とともに部屋に戻り、お湯を沸かして、フロントガラスに注ぎ、運転ができる状態になるまで氷を溶かし続けました。１日のエネルギーの半分は、仕事前に使い果たしてしまう日もあります。

家から、車で４５分も走れば、安比高原、雫石といった日本有数のスキー場という抜群のロケーション。おいしい鍋料理。 何よりも、優しくて暖かい人の心。 盛岡で過ごした９度の冬は、楽しい思い出とともに、厳しい寒さの中で前向きに生きる術 （大げさですが） を私に与えてくれました。

横浜で過ごす冬も、今年で９度目。 この春、ｔｖｋの社屋が移転します。２００４年に迎える新しい環境は、自分にとって２度目の、初心に返るチャンスかと思っています。 ]]>
      
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   <title>コミック漫画</title>
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   <published>2003-08-01T08:39:37Z</published>
   <updated>2008-01-30T07:02:16Z</updated>
   
   <summary> 先日、私の実家が埼玉の吉川市へと引っ越しをしました。その際 「邪魔な荷物を引き...</summary>
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      <![CDATA[<img alt="img_05_1.jpg" src="http://www3.tvk-yokohama.com/yoshii/img_05_1.jpg" width="200" height="258"/border="0" align="left" style="padding-right:10px;">
先日、私の実家が埼玉の吉川市へと引っ越しをしました。その際 「邪魔な荷物を引き取って！」 と母親に言われ、数々の思い出の品が、我が家へと移ってきました。

その中に、大きな段ボール箱が２つ。 昭和４５年～５２年頃に買った、コミック漫画約２５０冊。私が小学校３年生～６年生をピークに、買ってもらったものです。小学生でしたから、特にコレクションしようなどと、意識したわけではありません。読んだら次、次と親にねだり、小遣いをせっせと貯めた積み重ね・・・。

<img alt="img_05_2.jpg" src="http://www3.tvk-yokohama.com/yoshii/img_05_2.jpg" width="200" height="145"/border="0" align="right" style="padding-right:10px;">「アストロ球団」 「もーれつア太郎」 「デビルマン」 「オバケのＱ太郎」 「ダメおやじ」 「ぼくの動物園日記」 「悪たれ巨人」 「がきデカ」 「マカロニほうれん荘」、さらには、水島新司さんの野球漫画はほぼ全て・・・・・・。 タイトルはいくつも見つかります。 今、見返すと、２５０円の定価や、オイルショックの頃は微妙に本の厚みが無かったこと等、懐かしい発見もありました。

<img alt="img_05_3.jpg" src="http://www3.tvk-yokohama.com/yoshii/img_05_3.jpg" width="200" height="145"/border="0" align="left" style="padding-right:10px;">我が家の長男は、今小学校３年生。 夢中になって、かつて私が手にした漫画を読んでいます。「オバケのＱ太郎」 では、ラーメン好きの小池さんがラーメンを吹き出したり・・・ 大人から見ると、何でもない場面でも、大声で笑っています。「３０年前の自分も、こうだったのかなあ？」 と思うと嬉しいやら、照れくさいやら・・。]]>
      
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