沖縄へ①

2004年08月01日

vol.3_01.jpgお久しぶりです。
「さとうっ!きみはいつまでコートを着ているんだ!?」HP担当M氏の腹の声が聞こえて早2ヶ月?3ヶ月?個人ページをほったらかしにし過ぎた。確かにこの時期キルティングのコートを着て寒そうに写っているのは私だけである。。。猛省(^^;)

tvkに入社して丸半年。 正直なところ 「もっといたはずなんだけど・・・」 そんな気持ちだ。情報番組 『ハマランチョ』&情報バラエティ番組 『みんなが出るテレビ』 のスタート、サッカー・バスケ・バレー・ハンドボール中継、参院選、阿波踊り、高校野球ニュース・・・兎にも角にも目まぐるしく半年を過ごしてきた。
2年くらいは働いてしまったような・・・いやいや、それは言いすぎか。「充実」、まさにこの言葉がぴったりに思える時間を過ごさせてもらった(なんだか辞めるみたい・・・辞めません)

そんな私に “夏休み” が訪れたっ!夏休みと聞いてはしゃいでみたものの、行きたい場所、行きたい相手がすぐに見つからない・・・これが結構寂しい。とりあえず夜の乗換駅でパンフレットを拾い読みしながら気分を盛り上げ、なぜだが沖縄に決めた申し込んでから10日後、初訪沖となる母と並んで私は那覇空港で30度のなまぬるい空気に包まれていた。「湿気はないと思ってたんだけどねぇ!」 母が青く広い空を仰ぎながら嬉しそうに叫んでいる。

とりあえず2泊3日を共に過ごすレンタカーを借りる。 M車製のミ○―ジュ。 旅の始まりに一抹の不安。でもナビゲーションは賢く機能しているしクーラーも動く。 問題はなさそうだ。

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私の訪沖は2年前に続いて二度目。 取材で訪れた沖縄に魅せられ、焼酎も飲めなかった私が泡盛まで一気に制覇し民謡酒場で踊りまくっていた。「人生は楽しいっ!」純粋に簡単にそう思える土地は沖縄くらいだろう、そのとき私はそんなことを考えていた。・・・・・・ん?いまの私は人生に疲れているのか???しかし、ぽっかりと浮かんだ雲の間に私の煩悩は瞬く間に消えていった。

ロマンティックおきなわ
初日の夜は本島中部・恩納村のリゾートホテルに泊まる予定だったから、空港のある南部から本島の東側を順に北上していくことにした。
世界遺産・中城城址に到着したのが12:30頃。

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2泊3日の旅程を有意義にするため少しの時間でも無駄にできない私たちは、県道沿いにある手作り弁当屋でゴーヤーチャンプルー弁当(¥400)を購入。明らかに地元民向けの掘っ立て小屋風の店構えだったが、客足がそれなりに途切れないところを見るとまぁまぁの人気店らしい。「息子が東京にいてねぇ~」 なんて店のお母さんが言い出すもんだから、‘マシンガントーク’ の異名を持つ母は大喜びで「あらぁ~!うちから近いわよぉ~!あのあたりは便利だわよぉ~!」 と ご自慢の “武器” でお母さんをイチコロにしてしまった。旅先での出会いは何よりの土産♪ と 分かってはいるが、母を制し車を北へ走らせた。

そういえば、中城城址の隣・中村家住宅にかわいいねーねー(お姉さん)がいた。古民家の中でも最も保存状態が良いと言われている建物を開放していて、要はそこの番人をしているのだそうだ。

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毎朝7時ごろから当番の人々が家のすみずみを掃除することも、月に一回は屋根を燻すために火を焚いていることも、ねーねーが教えてくれなければ私たちは見過ごしていたかもしれない。さらにねーねーは優しいことに「金武町にある金武観音寺鍾乳洞がロマンティックで素敵ですよ」 と不案内な旅人に地元情報までくれたのだ。これを聞いて私たち二人が行かないわけがない。途中与那城町で、真っ黒に日焼けしたエキゾチックな顔立ちの地元高校球児とすれ違う。そして、まるで海の上を滑っているかのように感じる 「海中道路」 で遊んで、本島の ‘へそ’ あたり、金武町へ。

内地(沖縄から見た本州)の境内ではまず見られない景色。樹齢300年、400年というフクギやガジュマル、デイゴが庭に大きな影を作り時折涼しい風を送る。境内の端っこに目立たないほどに鍾乳洞の入り口があった。 手すりを使い急な石段を5段下る。外のうだるような暑さが嘘のように、ひんやりした空気が焼けた肌を冷やす。 ぞっとするような感覚。
ちょっと怖かった。
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奥に歩を進めると何百本という泡盛が眠っているではないか!実は地元の金武酒造が酒蔵として使っているそうで、全国から預けられた泡盛を寝かせ美味しい古酒(クース)に育てているのだった。鍾乳洞では5年と12年の泡盛契約貯蔵をしているということで、酒好きにはたまらない、確かにねーねの言ったとおり 「ロマンティック」 な場所なのかもしれない・・・。

再会★
蜩(ヒグラシ)が鳴き始め日が傾き始めたころやっと恩納村に入った。実は今回は、ある再会を楽しみにしていた。2年前訪沖した際に知り合ったシーサー職人、諸見里剛さん。 彼の作るシーサーに一目惚れした私は彼にその場でお金を払い「私のためにシーサーを作ってください!」 と頼み込んだ。強引過ぎる旅人の熱意に負けたのか、諸見里さんは3ヵ月後素敵なシーサーを沖縄から届けてくれた。本来の漆喰&赤瓦で作られたダイナミックなシーサーは今でも我が家の守り神として働いていてくれている。
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諸見里さんは相も変わらず、飾らぬ職人の姿で黙々と作品作りに励んでいた。
(諸見里ツヨシーサー展 : 8月14日(土)~29日(日)、HIGURE 17-15 CAS〈東京・西日暮里〉、03-5850-8233)

なんにも変わっていない職人がまた素敵に見えて図々しくも夕飯にお誘いしてしまった。恩納村でも地元の人しか行かない海鮮料理屋 「仲泊海産物料理店」 を紹介してくれた。店長がその日に競り落としてきた鮮度抜群の魚をバター焼き!にして出してくれる 「泊定食」 を注文♪タマンとハタ、なんと二匹もお皿に乗っているではないか!

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お店の人に聞くと 「きょうは良いのが入ったからねぇ~。 珍しいんだよぉ。」 とうちなーぐち(沖縄ことば)で軽く言われた。 隣の母と同じ定食を頼んだのに母の皿には一匹しかのっていない。沖縄の方々の大らかさに思わず笑った。

日時: 09:59
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