イスラエル人写真家・ジブ・コーレンさん

2008年06月25日

中立に伝える。報道する立場として、忘れてはならないことです。
でも、中立って何なんだろう。そんなことを考えさせられる出会いがありました。

先日、ニュースハーバーで、ドキュメンタリー映画「1000の言葉よりも―報道写真家ジブ・コーレン」の上映に合わせ、横浜で写真展を行ったイスラエル人の写真家、ジブ・コーレンさんをご紹介しました。

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ジブさんが撮っているのは、パレスチナ問題。皆さんも、ニュースで、イスラエルとパレスチナの対立、また、「ガザ地区」や、「ハマス」という単語を聞いたことがあるのではないでしょうか?イスラエルとパレスチナ。宗教の違いなどによる争いが今も続いています。

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ジブさんは、パレスチナと対立している側の、イスラエル人。でも、自身は、「どちら側」というのではなく、なるべく中立な立場で撮るようにしているとのことでした。
実際に写真展に行ってみると、もしジブさんがパレスチナ人だったら、こういう説明キャプションはつけないだろうな、というものもありました。しかし、それも、“ジブさんの主観の中での”「中立」であるということが、理解できました。

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OAの翌日がちょうど映画の公開初日。ジブさんと、AERAのフォトエディター、外山俊樹さんとのトークショーにお邪魔してきました。

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トークショーの中でジブさんは、「ここ10年、お金やライフスタイルに関する雑誌が売り上げを伸ばしている一方で、ニュース雑誌が売れなくなっている。大衆性の有無に関わらず、世の中に伝える必要があるという、一種の強迫観念で撮っている」と話していました。

世界で何が起きているかを伝えるニュースを、自分の“外側“で起きていることとするなら、自身の成功や快適さにつながる、お金やライフスタイルというのは、自分の”内側“の、より身近なものと言えるかもしれません。

人々がどんどん、自分と直接関係あるものにしか関心を持たなくなってきている。もしそうだとすれば、そんな人たちの興味を引き、社会的な問題に関心を持ってもらうには、どうしたらよいのか。その答えにつながるような話を、トークショー後に、外山さんからお聞きすることができました。

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ピカソの「ゲルニカ」という作品を知っている人は多いでしょう。スペインの小さな村で起きた虐殺について描き、戦争や紛争の悲惨さを広く世に知らしめる作品となりました。しかし、もともとあの事件は、新聞でいうなら、「ベタ記事」、とても小さな扱いの話だと。それを、世界のだれもが知っている事実にしたのは、ピカソの力。ピカソが主観で描いた、ピカソの作品だから、みんな知っている。
証拠写真のような客観的な写真は人を動かさない。どちらにしても、写真という形で、どこにカメラを向け、切り取るかに、その個人の主観が入る。だからこそ、個人の視点をそぎ落とす「三人称の写真」ではなく、“私が撮る”という、その人の思いがこもった写真、「一人称の写真」が、見ている人を動かす、ということでした。

客観的であるということ。それは、本質的に、ありえないことかもしれません。でも、主観の中でも、客観的であろうとする努力。決してたどり着けないことが分かっていても、見えないその頂を目指して、努力し続けることが、きっと大切なのだと思いました。

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