一期一会のこころ
新年、あけましておめでとうございます! 皆さんは、どんなお正月を過ごされましたか?
私は、初詣に行ったり、おせちを食べたり、高校ラグビーを見に花園へ出掛けたリ、のんびり本を読んだり・・・と過ごしたのですが、とても印象に残る本 (「初代総料理長 サリー・ワイル」 神山典士著 講談社) を読んだのでご紹介しますね。
1927年。 関東大震災で焼け野原となった横浜の街の復興のシンボルとして建てられたホテル。
その初代料理長としてやってきた、一人のスイス人、サリー・ワイル。
西洋料理といえば、ホテルのレストランでさえ 「牛肉のみりん漬け」 だった時代に、本場仕込みの料理を次々に披露。
「堅苦しくなく、料理を楽しむ」 というコンセプトで、
音楽を聴きながら料理を楽しめるようにしたり、ワゴンサービスを始めたり。
各地の食通たちが通い詰めたのはもちろん、日本各地の料理人は、こぞって横浜を目指した。
第二次大戦が激化しても、ユダヤ人であること、日本を愛するがゆえに帰国せず日本にとどまったワイル。 そして終戦。体調の悪化の為、スイスに帰国した後も、日本の料理人を受け入れ、修業先を斡旋。
親身になって世話をやいた事から、「スイス・パパ」 と呼ばれるようになる・・・。
ワイルが亡くなって今年で30年。
彼のことを知る人は徐々に少なくなりつつある中、
奇跡的に巡り合った資料を基に書かれたノンフィクション。
ワイルの料理に対する情熱はもとより、今よりもっと、世界が果てしなく広いものだった時代に、星に手を伸ばすような思いで、本場の料理を学ぼうと海を渡った料理人たち。
とにかくスイスに行くんだと、わずかなお金を握り締めて貨物船に乗り込み、フランスの南端マルセイユから雪のアルプスを越え、徒歩で3ヶ月かけてスイスに乗り込んだ人も。
無謀とも言える情熱が、とてもまぶしくて。
そんな彼らが愛した 「料理」 は、瞬間の芸術。 口に入れて、それで、終わってしまう。
出来てどのタイミングで食べるかで味は変わってしまうし、
その場の空気も、料理の一部だったりする。
だから、全く同じものなんて一つもない、一期一会。

「ドリア」 を発案したのもワイル。 当時の味そのままだそう。 具沢山で、まろやかなホワイトソースがとっても美味!
私たちテレビの仕事も、それに似ているように思う。
新人の頃、生放送以外、自分の出ている番組は、OAしているその時間に見るように言われた。
『番組は生ものだから、OAの時間が、普通の人にとってどんな時間で、どんな気持ちで見ているかイメージして、ちゃんとその時間を共有しろ。ビデオで見ると、その感覚が分からない』 と。
テレビは、基本的に、今この瞬間流れて、過ぎ去ってしまうメディア。 だからこそ、一期一会で、人の気持ちに残るものを伝えたい。
よし、今年も頑張るぞ、と思いを新たにしたお正月でした。
2006年、今年も、皆さんと様々なものを共有してゆけますように・・・!

