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      <title>森田浩康アナウンサー｜ｔｖｋ</title>
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      <language>ja</language>
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         <title>ラグビーを愛すればこそ</title>
         <description><![CDATA[<center>
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<font size="4">ラグビーの特殊な一面・・・</font>

英国で始まったラグビーは庶民のスポーツであるサッカーとは違い、エリートのスポーツであると聞いたことがある。英国圏とその他の一部の地域で育ったラグビーは、今でも特別な意識を持つ人々のスポーツなのだろうか。特に日本では、大学の伝統校の中で独特の文化を育んでいる。
我々取材者を、観戦者と同様に事務的に規制する傲慢な学生スタッフに出会うことがある。規制の理由を問うと「上の者からそう言われている」と答える。「上の者」とはその場には居ない上級生である。

かつて、この伝統校の指導者から「ラグビーはプレーする我々自身のためのスポーツであり、他人に見せるためのものではない」と伺ったことがある。同じ内容をOBからも聞いた。数えられる程の人数しかいない取材者への高圧的な態度は、学生とはいえ、不遜の一語に尽きる。
この特定の名門大学以外には、幸い、そのような風潮が見られないのが、我々の救いである。

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ルールは、まるで生き物のように変貌を続けている。対応するレフリングも常に試行錯誤の連続だ。ラグビーが一般的なファンの理解を得にくい原因は、このあたりにある。
今年は試験的なルール変更がいくつかある。ラグビーのルールはワールドカップの翌年に大幅に変更される。これだけルールが大きく変わる競技は他にないだろう。          

ルールの変更とは別に、「チェイシング」という言葉を、この夏合宿の取材で初めて知った。スクラムを組んだら、すぐに押す「チェイシング」こそ、世界のラグビーの主流なのだそうだ。あるトップレフリーは、この夏合宿で初めて聞いたという。主な強豪校の指導者に尋ねてみたが、例外なく全員が「何それ？」という反応。レフリーの指導者に聞くと、「あくまで、ルールを順守すべし」との答え。ところが、かの伝統校では、すでにこの「チェイシング」に対応した練習をしてきたという。何故、この段階で、特定の伝統校だけが、このような練習を既に始めていたのか、疑問が残る。

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スクラムを組むと同時に押し合うことを「チェイシング」と言うそうだ。ラグビー競技規則20条スクラムの項に、『スクラムはボールがスクラムハーフの手を離れるまでは静止していなければならない。ボールが投入される前に、スクラムを押してはならない』とある。競技規則に則らないプレーが、世界の主流ならば、「アーリー・プッシュ」という概念は無くなることになる。

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<font size="4">高校ラグビー部の減少・・・</font> 

この20年間の高校ラグビーのチーム数の激減は、すさまじい。かつての3分の１になった。底辺が狭くなれば、やがてトップレベルにもその影響が出てくる。現在の日本代表は、すでに高校のチーム数が激減し始めた時代の選手たちだ。確かに子供の数は減っているが、他の競技はラグビーほど極端なチーム数の減少は見られない。Ｊリーグとプロ野球の発展は、高校サッカーと高校野球の興隆を抜きには語れない。高校ラグビーをどうしたら盛んに出来るのか。少年ラグビーの次の段階での受け皿を充実しないと、ピラミッドの頂点は先細りとなる。失われた20年を取り戻すには、気の遠くなるような努力と時間が必要だろう。

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<font size="4">大学ラグビーのこれから・・・</font>

対抗戦とリーグ戦の分裂の歴史に幕を下ろすべし。対抗戦グループも、今となっては、対抗戦という名のリーグ戦。関東に2つのリーグを持つほど、ラグビーは裾野が広くはない。かつてのように、「関東大学ラグビーリーグ」として再出発すべきだ。
早稲田の対抗戦における真剣勝負は何試合あるのか。拮抗した戦力のぶつかり合いの中でこそ、技術が磨かれる。対抗戦とリーグ戦は、元の鞘に納まるのが最善の策。「関東大学ラグビーリーグ」として日本のラグビーを牽引して欲しい。1部リーグの活性化とともに、2部リーグも、より熾烈な戦いとなる。何故この決断が、出来ないのだろうか・・・。

かつて大学選手権の決勝が早明戦になることを願う関係者が多かった。何故なら、他の大学では客が入らないからだという。10年連続で関東学院大学が決勝に進出したことによって、大学ラグビーの歴史にクサビが打たれた。大学ラグビーは、早慶明と同志社だけの歴史ではなくなったのだ。明治と法政の復活が待たれる。帝京と東海の躍進に期待したい。関東大学リーグでの凌ぎ合いが、レベルの向上と人気回復につながっていく。大学選手権はプレーオフのつもりで楽しみたい。

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<font size="4">トップリーグの魅力・・・</font>

その競技において、日本最高レベルのリーグが最も観客を集めるリーグでありたい。
特定の大学の人気をラグビーの人気と勘違いしてはならない。慶明戦、早慶戦、早明戦は年に一度の伝統の一戦として認識すべきである。愛校精神の発露、イコール・ラグビー人気としてとらえるべきではない。日本で最もレベルの高いラグビーを、もっと多くのファンに見て欲しい。各チームの努力に比べると、トップリーグ自体のＰＲ活動や、将来への戦略が乏しいように感じる。トップリーグが大学の伝統校の集客力を超えたとき、ようやく日本のラグビーは、国内でのメジャースポーツとなる。

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<font size="4">日本代表とは・・・</font>

規定に則れば、全員が外国人でも「ジャパン」なのだ。たぶん、それが最強の「ジャパン」になるのだろう。他の国で代表歴がない外国人で、3年以上、その国に居住してプレーした実績があれば「代表」の資格を得る事ができる。これがラグビーにおけるナショナルチームの世界基準だ。
日本人の居ない「ジャパン」こそ、最強の「ジャパン」だとしたら、それは「日本代表」と呼べるのだろうか。

外国人選手の割合をどの程度にするのが良いかの議論がある。ラグビーにおける「ジャパン」とは、いったい何なのだろう。私はいまだに「ジャパン」という言葉と、外国籍選手を多く配したチーム構成には馴染めない。日本国籍を持つものだけで「日本代表」を作ることが、私の理想である。
勿論、監督も日本人。そのチームは「ジャパン」ではなく「日本」と呼びたい。

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<font size="4">ラグビーの人気・・・</font>

新日鉄釜石が活躍した時代。それは、日本のラグビーの最盛期だった。国内のラグビーが日本人の心を鷲づかみにした。冬場のスポーツ新聞の一面をラグビーが彩ることは珍しくなかった。かつてラグビーが日本人に愛された時代は、間違いなくあったのだ。

ラグビー関係者が世界を意識し始めた頃から、日本のラグビーは日本人の心から離れ始めた。それはＴＢＳ系列の地上波が、高校ラグビーの全国中継から撤退した時期と重なる。神奈川と東京のエリアで大学ラグビーとトップリーグを毎年30試合ほど放送しているテレビ神奈川が、現在の放送を維持出来なくなる時代が来るかも知れない。その時は、日本のラグビーが、限られた人々のスポーツとして割り切られる分岐点になるだろう。

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競技人口は減っても、ラグビーはプレーする人々にとって、愛すべきスポーツとして生き残るに違いない。競技人口の多さがスポーツの価値ではない。しかし、忘れてはならないのは、スポーツを観て心を揺さぶられる人々の存在が、スポーツを育てるという側面だ。
新たなヒーローは、彼に憧れたファンの中から生まれることが多い。スポーツはプレーする人々だけのものではない。感動を貰った人々が、そのスポーツの将来を支えて行く。私は、これからも、ラグビー中継を通じて、ラグビーというスポーツの魅力を伝えて行きたい。

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         <pubDate>Tue, 26 Aug 2008 09:37:17 +0900</pubDate>
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         <title>監督・野村克也</title>
         <description><![CDATA[　野村克也氏に出会ったのは、今から30年以上も前のＲＫＢ毎日放送時代。南海対太平洋の中継を大阪球場で制作した時のことだ。難波で野村氏に話を聞いた。「自分は徹底的に現役にこだわりたい。南海のユニフォームを着ているから野村なんや。ユニフォームを脱いだら、ただのオッサンや。」何故か、あのときの言葉が、今でも脳裏を離れない。
　「畑を耕し、種をまき、花を咲かせる」と言ってヤクルトを3年目で優勝させた野村氏。阪神の監督を引き受けたとき、「今年は畑を耕すシーズンですね」と声をかけると、「ここでは畑を耕す前に、石ころを拾って捨てなあかんのや」と嘆いた。阪神の再建は、星野氏の剛腕よって成し遂げられた。
　野球ファンは、オーナーと監督の熱意の大切さを知った。新球団でも4年で強くなれる。「東北楽天」は73歳の野村克也がプロ野球界に残した宝物だ。
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　プロ野球選手にとって高校野球は心の故郷だ。野村克也は京都の峰山高校出身。テスト生として南海に入団。苦労をかけた母親に親孝行したかった。契約解除の危機に青ざめ、3年目でチャンスをつかみ、入団4年目で四番打者。8年連続本塁打王、戦後初の三冠王。「安打、本塁打、打点」の通算記録は、全てがプロ野球歴代2位。パリーグが生んだ不世出の大打者である。今季、阪神の金本が通算400号、楽天の山﨑武が300号に到達したが、野村克也の「657号」には届かない。

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　高校野球は「松坂大輔」の夏から、はや10年。今年は90回記念大会。神奈川から2校が甲子園に出場する。神奈川を南北に分け、7月12日から県下12球場での熱戦。昭和47年から高校野球中継をスタートした「テレビ神奈川」では、今年も大会初日の開会式から、26、27日の南北の決勝戦まで、保土ヶ谷球場と横浜スタジアムから31試合を中継。全球場の試合結果は、大会期間中、毎晩放送する「高校野球ニュース」でお伝えする。神奈川の熱い夏が始まった。

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         <pubDate>Thu, 26 Jun 2008 18:01:24 +0900</pubDate>
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         <title>時をつなぐ・ロマンスカー</title>
         <description><![CDATA[　かつてテレビが白黒の時代。パリーグの試合が中継されていた。「近鉄ナイター」という番組だったと思う。南海の杉浦忠、西鉄の稲尾和久、名投手のピッチングを審判の背中越しの映像で見た。幼い頃のプロ野球は夢とロマンに満ち溢れていた。
　やがて「野球は巨人」の時代が訪れ、観客はセリーグに集中。パリーグの球場には閑古鳥が鳴いた。パリーグ苦難の時代は長く続いた。日本シリーズ3連覇の「上田・阪急」でも、客を呼べなかった。日本ハムのファン開拓への果敢な挑戦は20年以上も前に始まっている。現在のパリーグでは、福岡と札幌に人気球団が存在する。千葉の球団も大健闘。かつての常勝軍団・巨人と共に歩んで来たセリーグ。今では、東京、横浜、広島の3球団は、福岡、札幌、千葉の3球団に、観客動員数で上回ることが出来ない。パリーグでは、地域に密着した球団経営を徹底。永年の地道な努力がファンの心をつかんだ。巨人の人気に頼れないパリーグの環境が、新しい時代を切り開いた。

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　蝉しぐれの季節になる前に、もう一度箱根の仙石原に行くことになった。小田急ロマンスカーでの移動は、最新型特急「VSE」の展望席を予約。幼い子供たちと共に夏休みを楽しんだ昔に、想い馳せた。
　箱根湯本では、山々の緑はすっかり夏の装いに変わった。湯本より気温が低い仙石原の木々には、まだ淡い緑が残っていた。季節の移ろいは早い。今度、仙石原を訪れるのは、ススキの穂が、秋を告げる頃かも知れない。仙石原高原のススキは、昔も今も変わらぬ風景で迎えてくれることだろう。

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         <pubDate>Thu, 12 Jun 2008 12:09:59 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>箱根の新緑</title>
         <description><![CDATA[　昨年のプロ野球、パリーグ投手部門のタイトルは、高卒1年目から4年目までの若手投手4人が独占した。最多勝は西武の涌井で「17勝」、2位はロッテの成瀬で「16勝」、3位は日本ハムのダルビッシュで「15勝」。防御率1位は成瀬、2位はダルビッシュ。最多奪三振はダルビッシュ、2位は楽天の田中。最優秀新人は勿論、田中。
　ゴルフの「石川 遼」、テニスの「錦織 圭」、スポーツの世界では、新しい風が歴史を彩る。
今年のセリーグは39歳の高橋建（広島）、40歳の下柳剛（阪神）、42歳の山本昌（中日）、3人のベテランが健在。若手の成瀬と涌井、ベテランの高橋建と山本昌。話題にした7投手のうち4人は横浜高校と日大藤沢の卒業生。神奈川の選手達だ。球団が出来て4年目の「東北楽天」は、すでに他球団と互角以上の戦いで交流戦を席捲。神奈川の地元球団は、最下位が指定席となった。
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　都会は毎年のように街の表情を変えるが、山のみどりは昔からのおもむきを変えない。<br>
<img alt="30_a03.jpg" src="http://www3.tvk-yokohama.com/morita/30_a03.jpg" width="230" height="173" /border="0" align="left" style="padding-right:10px;">
箱根は新緑の季節。
風が吹きわたる仙石原の初夏は心地よい。
木々の濃い緑の中に、朝の陽光を浴びた若葉。
箱根には、今も昔も変わらぬ自然がある。
山々の緑は、訪れるたびに表情を変える。
生きていることを誇らしげに見せつける。
自然のいとなみが、心を癒す。
<br><br>

　初夏の若葉はたくましく成長し、やがて真夏の深い緑の中にとけこんでゆく。
今度、箱根に来るころには蝉しぐれが、にぎやかに出迎えてくれるのだろうか。
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</center>]]></description>
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         <pubDate>Mon, 02 Jun 2008 13:29:40 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>ラグビーの鼓動</title>
         <description><![CDATA[プロ野球が開幕して2カ月が過ぎた。12球団で唯一つ、正式球団名に企業名が入っていない球団の成績が芳しくない。巨人は「読売巨人軍」、広島でさえ正式球団名は「広島東洋カープ」、横浜は「横浜ベイスターズ」である。
「横浜」なのに「横浜」にこだわりがない。
先発メンバーの出身地を列記すると「兵庫、茨城、大分、福岡、米国、福岡、栃木、兵庫」
ローテーション投手の出身地は「奈良、東京、群馬、米国」、抑えは「宮崎」、新人の出身地は「群馬、三重、愛知、沖縄、栃木、茨城」である。「横浜」はおろか「神奈川」出身者は皆無。それでも強ければ、ファンも文句は言うまい。「横浜」を名乗り、「横浜、神奈川」の出身者がほとんど居ない球団が、浜っ子には許せないのだと言う。湘南育ちの私にも、浜っ子の心の痛みが伝わってくる。
<table align="center"><tr><td align="center"><img src="http://www3.tvk-yokohama.com/morita/29_a01.jpg" width="250" height="188" />
<font color="#666666" size="1">秩父宮ラグビー場</font></td>
<td align="center"><img src="http://www3.tvk-yokohama.com/morita/29_a02.jpg" width="250" height="188" />
<font color="#666666" size="1">大東大時代は大学日本一のＦＬ飯島</font></td></tr>
</table>

今年のラグビートップリーグは、9月5日（金）に開幕する。秩父宮でのナイトゲーム。サントリー対三洋電機。昨年度のトップリーグチャンピオンと日本選手権の覇者が激突。サントリーは清宮監督、三洋電機は勇退した宮本監督に代わって、飯島新監督。昨年度の二強の首脳が揃って会見した。
<div align="center">
<img src="http://www3.tvk-yokohama.com/morita/29_a03.jpg" width="250" height="188" />
<font color="#666666" size="1">飯島監督と清宮監督</font>
</div>

三洋電機の榎本主将は練習で腰を痛めたため、三宅副将が出席。三洋電機は、主将・副将共に関東学院大学の大学日本一のメンバー。サントリーの山下主将は、早稲田大学が清宮主将で優勝して以来、13年振りに大学選手権を制したときのキャプテン。神奈川県・桐蔭学園高校出身の選手だ。
<div align="center">
<img src="http://www3.tvk-yokohama.com/morita/29_a04.jpg" width="250" height="188" />
<font color="#666666" size="1">左端：三宅 敬    右端：山下大悟</font>
</div>

ｔｖｋの中継を通じて、多くのラグビーファンにラグビーの魅力をお伝え出来る季節が待ち遠しい。
今年のラグビーは大幅にルールが変わる。戦略に変更が不可欠となるのは勿論、球技としての本質的な部分での変化が顕著になってくるだろう。各チームでさえ、具体的にどうラグビーが変わるのかを実感するのは夏合宿からだ。8月の網走合宿では、例年以上に密度の高い取材が必要となる。
プロ野球が始まったばかりだというのに、もう、ラグビーの鼓動が聞こえてきた。]]></description>
         <link>http://www3.tvk-yokohama.com/morita/2008/05/post_24.html</link>
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         <pubDate>Tue, 20 May 2008 13:55:45 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>中国の記憶</title>
         <description><![CDATA[今年は北京でオリンピックが行われる。昨年、中国を訪れたときのことが今でも脳裏を離れない。その時の鮮烈な思い出ほど、写真に残っていないことに気がついた。とてもカメラを向けられる光景ではなかった。
<img src="http://www3.tvk-yokohama.com/morita/28_1.jpg" width="240" height="180" /> <img src="http://www3.tvk-yokohama.com/morita/28_2.jpg" width="240" height="180" />

人民大会堂と天安門広場の大きさに圧倒された。地下道に座る「物乞い」、幼い頃の日本では、このような光景は珍しくなかった。北京の中心部の繁栄に目を見張りながらも、貧しい人々の姿を忘れることは出来ない。光と影はどの国にもある。しかし、中国では、それが余りに鮮烈だった。
<img src="http://www3.tvk-yokohama.com/morita/28_3.jpg" width="240" height="180" /> <img src="http://www3.tvk-yokohama.com/morita/28_4.jpg" width="240" height="180" />

広大な国土と世界一の人口。ビルや道路は大きく広々としていた。巨大な建物の多くは、カメラを向ける暇を与えぬほどの圧倒的な存在感。中国と日本、まるで大木と盆栽の違いのようでもある。誇り高き中国人から見れば、日本など、歴史の一場面に登場した小さな島国に過ぎないのかもしれない。
<img src="http://www3.tvk-yokohama.com/morita/28_5.jpg" width="240" height="180" /> <img  src="http://www3.tvk-yokohama.com/morita/28_6.jpg" width="240" height="180" />

異国に居ながらも、中国に親しみを感じるのは、街のいたるところで漢字を見るからだろう。漢字は言うまでもなく中国の伝統的な文字。古代、日本に伝えられ日本語の表記にも使われるようになった。
<img src="http://www3.tvk-yokohama.com/morita/28_7.jpg" width="240" height="180" /> <img src="http://www3.tvk-yokohama.com/morita/28_8.jpg" width="240" height="180" />

街を歩くと、本家本元の中国の漢字が簡略化していることに気付く。日本語の表記のように「ひらがな」がないからだろうか。
「停車場」の文字は、下記の写真が中国で使われている文字だ。「劇場」もこの写真のように簡略化。
<img src="http://www3.tvk-yokohama.com/morita/28_17.jpg" width="423" height="54" />
などが、日常の表記として使われている。

<img src="http://www3.tvk-yokohama.com/morita/28_9.jpg" width="240" height="180" /> <img src="http://www3.tvk-yokohama.com/morita/28_10.jpg" width="240" height="180" />

北京市郊外の観光名所を訪れた。数十人の子供たちが列をなして「記念、十元！」と連呼。絵葉書を買って貰おうと必死だった。自転車で焼き芋を売る青年が居た。血相を変えて逃げた。当局の見回り官が来たらしい。捕まるとしばらく牢から出られないという。この地域では焼き芋を売ってはならない規則だと聞いた。高級車を乗り回し多くの不動産を持つ裕福な人々。命がけで働く貧しい人々。その落差は大きい。
<img src="http://www3.tvk-yokohama.com/morita/28_11.jpg" width="240" height="180" /> <img src="http://www3.tvk-yokohama.com/morita/28_12.jpg" width="240" height="180" />
<img src="http://www3.tvk-yokohama.com/morita/28_13.jpg" width="240" height="180" /> <img src="http://www3.tvk-yokohama.com/morita/28_14.jpg" width="240" height="180" />

オリンピックのために、庶民の歴史的な住居地域も少なからず影響を受けたと聞く。世界の大国「中国」
今年、この国で行われるスポーツの祭典は、歴史の中で、どう語り継がれて行くのだろう。
<img src="http://www3.tvk-yokohama.com/morita/28_15.jpg" width="240" height="180" /> <img src="http://www3.tvk-yokohama.com/morita/28_16.jpg" width="240" height="180" />]]></description>
         <link>http://www3.tvk-yokohama.com/morita/2008/05/post_22.html</link>
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         <pubDate>Sat, 03 May 2008 15:03:00 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>スペインへの旅</title>
         <description><![CDATA[<img alt="080306_top.jpg" src="http://www3.tvk-yokohama.com/morita/080306_top.jpg" width="246" height="184"/border="0" align="left" style="padding-right:10px;">仕事の合間のわずかな休暇だったが、バルセロナからスペインに入った。地中海沿いにバレンシア、マラガを経て、セビリアとコルドバを散策した。
セビリアの町の中心部にはクルマは入れない。路面電車と自転車と歩行者。クリーンな街づくりが、セビリア大聖堂に良く似合う。この路面電車は更に路線を延長し、工事中の地下鉄と接続。益々便利になるそうだ。ヨーロッパでは、路面電車が見直されている。
<img alt="080306_01.jpg" src="http://www3.tvk-yokohama.com/morita/080306_01.jpg" width="246" height="184"/border="0" align="left" style="padding-right:10px;"><img alt="080306_02.jpg" src="http://www3.tvk-yokohama.com/morita/080306_02.jpg" width="246" height="184" />
スペイン人は、一日に5回食事をすると言われるほど「食」を楽しむ。スペインの食文化のひとつ「立ち飲み居酒屋・兼・軽食店」バル（ＢＡＲ）は、朝から深夜まで営業。酒とつまみだけでなく、コーヒーやソフトドリンクもある。酒は、サングリアが美味しかった。
<img alt="080306_03.jpg" src="http://www3.tvk-yokohama.com/morita/080306_03.jpg" width="246" height="184"/border="0" align="left" style="padding-right:10px;"><img alt="080306_04.jpg" src="http://www3.tvk-yokohama.com/morita/080306_04.jpg" width="246" height="184" />
イスラムの影響を色濃く残すコルドバの町で運良く、「祭り」に遭遇した。観光客とは無縁の地元の人々の祭り。中世をしのぶ祭りだと聞いたが、人ごみに圧倒されて全貌をつかめず、露店の近くでカメラのシャッターを切るのが精一杯だった。
<img alt="080306_05.jpg" src="http://www3.tvk-yokohama.com/morita/080306_05.jpg" width="246" height="184"/border="0" align="left" style="padding-right:10px;"><img alt="080306_06.jpg" src="http://www3.tvk-yokohama.com/morita/080306_06.jpg" width="246" height="184" />
<img alt="080306_07.jpg" src="http://www3.tvk-yokohama.com/morita/080306_07.jpg" width="246" height="184"/border="0" align="left" style="padding-right:10px;"><img alt="080306_08.jpg" src="http://www3.tvk-yokohama.com/morita/080306_08.jpg" width="246" height="184" />
綿菓子といえば、日本の縁日での印象が強いが、スペインの子供たちも綿菓子が好きだ。
<img alt="080306_09.jpg" src="http://www3.tvk-yokohama.com/morita/080306_09.jpg" width="246" height="184"/border="0" align="left" style="padding-right:10px;"><img alt="080306_10.jpg" src="http://www3.tvk-yokohama.com/morita/080306_10.jpg" width="246" height="184" />
古都トレド（Toledo）は圧巻だった。トレド大聖堂の威厳に満ちた佇まい。ユダヤ教、イスラム教、キリスト教、異文化の混合が織り成す歴史の重み。古代ローマ時代からの変遷を無言のうちに語りかけてくる。この町に、今でも7万人が住んでいる。サントトメ教会で、画家エル・グレコの傑作「オルガス伯爵の埋葬」を観た。
<img alt="080306_11.jpg" src="http://www3.tvk-yokohama.com/morita/080306_11.jpg" width="246" height="184"/border="0" align="left" style="padding-right:10px;"><img alt="080306_12.jpg" src="http://www3.tvk-yokohama.com/morita/080306_12.jpg" width="246" height="184" />
スペイン人は、底抜けに陽気な人が多い。歴史を翻弄した国家の支配体制の激流。明るい振る舞いは、時代を生き抜いてきた知恵なのかも知れないと、ふと思った。
ギターの名曲「アルハンブラ宮殿の思い出」が、よみがえった。
<img alt="080306_13.jpg" src="http://www3.tvk-yokohama.com/morita/080306_13.jpg" width="246" height="184"/border="0" align="left" style="padding-right:10px;"><img alt="080306_14.jpg" src="http://www3.tvk-yokohama.com/morita/080306_14.jpg" width="246" height="184" />]]></description>
         <link>http://www3.tvk-yokohama.com/morita/2008/03/post_21.html</link>
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         <pubDate>Thu, 06 Mar 2008 17:54:45 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>北海道への旅 </title>
         <description><![CDATA[北海道の夏は短い。 山々の秋は深まり、冬はすぐそこまで来ている。
37年前の夏、大雪山系10日間の縦走を終えて下山した想い出の地、層雲峡を訪れた。

<img alt="26-1.jpg" src="http://www3.tvk-yokohama.com/morita/26-1.jpg" />

急斜面を這うような山道は、今では訪れる登山者も少なく、獣道のようになっているという。
黒岳はすっかり紅葉していた。
ヒグマにも遭遇せず無事に下山した安堵感を、今でも忘れない。
当時、我々は層雲峡の温泉宿の湯煙の中で、疲れ切った体を癒した。

<img alt="26-2.jpg" src="http://www3.tvk-yokohama.com/morita/26-2.jpg" />

知床半島に足を延ばした。
ウトロ港を出発。 手付かずの自然は船から見る。
船は知床岬から南側には行かない。 そこには国後島がある。
近くてあまりにも遠い島が・・・目の前に。 

<img alt="26-3.jpg" src="http://www3.tvk-yokohama.com/morita/26-3.jpg"/>

海岸線の岩陰で戯れるヒグマを発見。 あまりの驚きにシャッターチャンスを逃した。
陸路、知床半島を行くと、半島の半分を過ぎたくらいで道路が無くなる。
知床岬への道は地図にも無い。

<img alt="26-4.jpg" src="http://www3.tvk-yokohama.com/morita/26-4.jpg"/>

船の縁でカモメが悠然と半島を見つめていた。 知床のカモメはそばに寄っても逃げない。
知床半島をあとにして、小高い丘から網走湖を眺めるころには、もう黄昏が近づいていた。

<img alt="26-5.jpg" src="http://www3.tvk-yokohama.com/morita/26-5.jpg" />

道すがら見つけた 「ななかまど」 の実は、鮮やかな秋の色合い。
摩周湖の風景が物悲しく感じるのは何故だろうか。 帰路、旭山動物園に寄った。

<img alt="26-6.jpg" src="http://www3.tvk-yokohama.com/morita/26-6.jpg" />

澄み切った空気の中で、動物たちが伸び伸びと過ごしていた。 動物たちと、訪れる子供たちの楽園。
旭山動物園には、生き物に対する思いやりが、随所に感じられた。

<img alt="26-7.jpg" src="http://www3.tvk-yokohama.com/morita/26-7.jpg" />]]></description>
         <link>http://www3.tvk-yokohama.com/morita/2007/11/post_1.html</link>
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         <pubDate>Mon, 26 Nov 2007 23:03:00 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>網走の捕鯨</title>
         <description><![CDATA[北海道・網走市を訪れるのは今年で3度目。

ラグビーの取材を終えた網走での最後の夜、クジラ水揚げの貴重な情報を得た。
目覚まし時計を3時30分にセット。 夜明け前にホテルを出た。 

<img alt="0093.jpg" src="http://www3.tvk-yokohama.com/morita/0093.jpg" width="519" height="402" />

オホーツク海のツチクジラ漁が解禁され、

網走港には体長およそ10メートルのクジラが水揚げされた。
ツチクジラは国際捕鯨委員会（ＩＷＣ）の漁獲規制対象外だが、
水産庁が資源管理の観点から国内の捕獲頭数を今年は６６頭に制限している。
網走での割り当ては４頭。 今年２頭目の水揚げに立ち会った。  

シマウマに何頭ものライオンが襲いかかり、捕らえた獲物をむさぼる。
大自然の生命の営みは過酷だ。

釣ったサバをさばくと腹の中からイワシが出てくる。 
そのサバはもっと大きな魚の餌食となる。

鶏の首がいとも簡単にひねられ、
あっという間に羽がむしり取られるシーンを見たことがある。
豚肉や牛肉の切り身を買い求め、食卓で舌鼓を打つ我々消費者は、
豚や牛が食肉となる過程を見ることも無い。  

<img alt="0094.jpg" src="http://www3.tvk-yokohama.com/morita/0094.jpg" width="519" height="205" />

大きなクジラだけに臓物の量も相当なものだった。 血液も川のように流れ出た。

解体の後半部分の写真はとても掲載出来ない。
クジラの体の奥深くにまで突き刺さっていた１ｍ以上の銛(もり)が姿を現した。
この銛がクジラの生命を奪った。 痛かっただろう・・・と思った。  

<img alt="0095.jpg" src="http://www3.tvk-yokohama.com/morita/0095.jpg" width="521" height="213" />

地球上の生命の営み。 生命が新たな生命を育む。

その連鎖の中では、人間とて例外ではないことを改めて思い知らされた。  

<img alt="0096.jpg" src="http://www3.tvk-yokohama.com/morita/0096.jpg" width="521" height="209" />
]]></description>
         <link>http://www3.tvk-yokohama.com/morita/2007/09/post_20.html</link>
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         <pubDate>Sat, 01 Sep 2007 13:44:29 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>ベースボール・ドーム・シアター</title>
         <description><![CDATA[「人気のセ、実力のパ」 と言われた時代があった。 野球は巨人。
セリーグは巨人戦の 「入場者とテレビの放映権料」 でわが世の春を謳歌し、
パリーグは閑古鳥が鳴く球場に危機感を募らせた。

「野球場に観客を集めること」 こそが、パリーグ復活の原点。
日本ハムの四半世紀に及ぶ取り組みに、
やがて西武、ダイエー（現ソフトバンク）、ロッテが呼応した。  

<img alt="福岡ヤフードーム" src="http://www3.tvk-yokohama.com/morita/0092.jpg" width="309" height="232" />

西武の黄金時代でさえ、セリーグの人気には勝てなかった。
巨人の人気に翳りが見え、様々な問題が露呈したプロ野球界。
大きな地殻変動が起こった。

昨年の観客動員数を見ると、東京青山のヤクルトと埼玉県所沢の西武がほぼ同数。
横浜市の横浜球団はパリーグ観客動員最少の仙台市の楽天より1試合平均で1,162人上回っただけ。

横浜、ヤクルト、広島のセリーグ3球団は、パリーグのソフトバンク、日本ハム、千葉ロッテに、観客動員数で完全に凌駕された。  

<img alt="0089.jpg" src="http://www3.tvk-yokohama.com/morita/0089.jpg" width="519" height="209" />

今年で3年目のセパ交流戦は、3年連続でパリーグが優勝。
日本シリーズも4年連続でパリーグが制している。

九州、北海道、そして千葉。
地元密着路線をビジネスモデルとして推し進めた球団が
観客動員数を飛躍的に増加させ、それにふさわしいチーム力をつけた。
特に、「福岡ソフトバンク」 は今や 「オール九州」 とも呼べる球団になった。
北海道の盛り上がりもこれに引けを取らない。  

<img alt="0090.jpg" src="http://www3.tvk-yokohama.com/morita/0090.jpg" width="519" height="209" />

この日の実況席はラジオとテレビ合わせて七席。
福岡ドームで見るプロ野球は、魅力に満ち溢れている。
音楽と映像を効果的に使い
「野球を存分に楽しんで頂こう」 というサービス精神に富んでいる。

横浜の2倍の観客を集める福岡。 「何から何まで全てが違う」 と言った多村選手。
大リーグの球場が 「ボール・パーク」 なら、
福岡ドームは 「ベースボール・ドーム・シアター」 だ。
これからの日本のプロ野球が進みべき道を、パリーグが切り開いた。
心からの地域密着こそが、プロ野球の生きる道だと・・・。  

<img alt="0091.jpg" src="http://www3.tvk-yokohama.com/morita/0091.jpg" width="519" height="209" />
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         <link>http://www3.tvk-yokohama.com/morita/2007/09/post_19.html</link>
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         <pubDate>Sat, 01 Sep 2007 13:24:13 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>戦う前からが決勝戦・・・ 武将、春口</title>
         <description><![CDATA[ラグビー大学選手権決勝は史上初めて6年連続の同一カードとなった。
早稲田対関東学院。
バックス７名のうち、4名が日本代表の経験を持つ早稲田大学ラグビー部の
３連覇を疑う人は、ほとんど居なかった。
ラグビーを専門に担当しているベテラン記者でさえ、勝つのは早稲田だと言い切った。  

<img alt="0085.jpg" src="http://www3.tvk-yokohama.com/morita/0085.jpg" width="519" height="189" />

1999年度の決勝戦が何度も私の脳裏をよぎった。
淵上主将率いる関東学院は、同志社以来2校目の3連覇に王手を賭け、決勝で慶應と対戦。
関東学院の3連覇は濃厚と見られていた。
だが、関東学院は、なすすべも無く、上田昭夫が情熱を注いだ慶應の軍門に下った。
3連覇の夢は叶わなかった。 

10年連続で決勝の舞台にチームを導くのは並大抵のことではない。
一部の大学が、勝つためのノウハウを独占していた時代ならともかく、
今では多くの大学が海外からの人材や情報を得て強化を進めている。

3連覇に挑む早稲田との決勝戦を前に、春口監督は選手たちに言った
　　「このグランウンドで伝えるべきことはもう何も無い。
国立競技場でエンジョイして来い！輝いて来い！」･･････

選手たちは、国立競技場でもリラックスして決勝戦を待った。  

<img alt="0086.jpg" src="http://www3.tvk-yokohama.com/morita/0086.jpg" width="519" height="189" />

早稲田は対抗戦で6年間無敗の常勝軍団。 昨年度は日本選手権でトヨタ自動車を破る金星を挙げた。
関東学院との過去5年間の決勝対決も、3勝2敗と勝ち越して2連覇。 今年も早稲田の強さは群を抜いていた。

しかし、春口監督は前日の練習を終えて言った

「今まではボロボロになってここまで来たが、今回は最高のコンディションで来られた。 もう頂点に立っているような気がする」･･････と。

「監督歴33年間のキャリアと戦略が、勝負を決めますね！ 今までで、一番楽しみな決勝戦です！」 と、
私が言うと、嬉しそうに笑った。  

<img alt="0087.jpg" src="http://www3.tvk-yokohama.com/morita/0087.jpg" width="519" height="189" />

「大学日本一になるために関東学院に来た」 という選手が多くなった。
この10年間で、関東学院は大学選手権に6度優勝。 関東学院の黄金時代である。
前日の練習前、リザーブ18番の石田雅人がノートを見てサインプレーを確認していた。
日常的な予習風景。 ラインアウト攻略が成功することを、このとき直感した。

翌日、春口監督の戦略通り、早稲田はラインアウトに混乱をきたし、自滅の道を歩んだ。

10年連続決勝進出の伝統。 春口監督のキャリアが決勝戦を制した。
名門の早稲田、3連覇挑戦への重圧から解き放たれた中竹監督の来季に期待したい。

「雑草に花が咲いた」 と評した春口監督。
釜利谷で、たくましく育った選手たちの時代は、もうしばらく続きそうだ。 

<img alt="0088.jpg" src="http://www3.tvk-yokohama.com/morita/0088.jpg" width="519" height="189" />

]]></description>
         <link>http://www3.tvk-yokohama.com/morita/2007/01/post_18.html</link>
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         <pubDate>Wed, 10 Jan 2007 13:10:23 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>網走の夏</title>
         <description><![CDATA[トップリーグのほとんどのチームは北海道の網走で夏合宿を行う。
かつてはもっと涼しかったという北の大地で、今年もラグビーに賭ける男達が汗を流していた。
網走港の朝市では、イクラ丼に舌鼓を打つ選手に話を聞いた。  

<img alt="0083.jpg" src="http://www3.tvk-yokohama.com/morita/0083.jpg" width="519" height="420" />


合宿中の練習試合とはいえ強豪同士の手合わせには妥協が無い。
勝ちたいという気持ちがグラウンドにみなぎっていた。
 見ている我々も練習試合であることを忘れてしまう。  

早稲田黄金時代を復活させた若き名将 「清宮克幸」 が
プロ監督として所属先のサントリーに戻った。

今年の新戦力は10名。
大学の決勝戦で競い合った早稲田と関東学院のキャプテンを始め、大学の有望選手達が、
清宮・新監督のもとに集まった。  

<img alt="0084.jpg" src="http://www3.tvk-yokohama.com/morita/0084.jpg" width="519" height="420" />

年明け早々に関東学院大学の釜利谷キャンパスに春口監督を訪ねた監督1年目の清宮は、対抗戦を無敗で走り抜け、決勝戦で関東学院を5点差まで追い詰めた。
そして監督2年目の決勝戦で関東学院に雪辱。
早稲田復活の狼煙をあげた。

このシーズンは清宮のカリスマがキャプテンの山下にも乗り移っていた。
トップリーグの監督に就任した清宮は、大学日本一の時のキャプテン山下大悟にサントリー復活を託した。  

ヤマハ発動機、38歳の村田亙と逢った。 並大抵の努力ではこの年齢で現役は務まらない。
専修大学時代から日本を代表するＳＨだった。

東芝府中時代に村田のプレーに魅了された私は、
テレビ中継で 「日本一のスクラムハーフ！」 と実況したのを懐かしく思い出した。  
]]></description>
         <link>http://www3.tvk-yokohama.com/morita/2006/08/post_17.html</link>
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         <pubDate>Tue, 01 Aug 2006 13:06:00 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>沖縄での再会 </title>
         <description><![CDATA[那覇空港で、プロペラ機に向かうバスに乗った。
楽天取材のため久米島へ向かう稲尾和久氏が乗り込んで来た。
30年前、私が25歳でラジオの実況放送にデビューしたときの解説者が 「鉄腕 ・ 稲尾和久」 だった。

<img alt="0079.jpg" src="http://www3.tvk-yokohama.com/morita/0079.jpg" width="317" height="252" />

ＲＫＢ毎日放送のアナウンサーとして、入社3年目の昭和51年にラジオ実況を初体験。 
全国的な雨模様で次々と各球場の中止が決定。 
ナイターは平和台球場だけ。

私の初めての実況放送は、全国中継となった。  

稲尾氏は昭和31年に西鉄に入団。
この年から西鉄ライオンズは日本シリーズで、3年連続して巨人を倒し日本一。
神様仏様と賞賛された稲尾和久の物語は博多っ子の誇りとして語り継がれた。

大投手・稲尾も、入団当初は福岡市西区の別府団地に住んでいた。
当時は、今の様に洒落たマンションなど無かったからだという。
その団地のすぐ近くの賃貸アパートで、私は博多時代の5年間を過ごした。  

<img alt="0080.jpg" src="http://www3.tvk-yokohama.com/morita/0080.jpg" width="519" height="193" />

キャンプで投げ込む球数について稲尾さんに聞いた。
500球を投げ込む日が3日あったという。 キャンプ中の総投球数は5,000球。
今のエース級の投手は2,000球をキャンプの目標にしている。
ピッチングフォームは頭で覚えられるものではない。 体で覚えなければ・・・。
かつて、シーズン42勝を挙げた稲尾和久は、鉄腕と呼ぶにふさわしい。

沖縄球場で、広島の小早川毅彦コーチと会った。 現役引退後、初めての現場復帰。
コーチ陣がほとんど入れ替わったブラウン新体制の打撃部門を任された。

阪神の二軍監督・木戸克彦氏は、現役引退後、指導者としての道を歩み続けたが、
今季初めてチームを離れ、評論家となった。

かつて法政大学合宿所で、2年の木戸、1年の小早川を一緒に取材した事があった。
小早川は1年春の開幕戦で四番を務めた。
当時28歳だった私にとって、東京六大学野球は輝きに満ち溢れていた。  

<img alt="0081.jpg" src="http://www3.tvk-yokohama.com/morita/0081.jpg" width="317" height="252" />

ヤクルトが変わった。 浦添球場での行き届いたファンサービス。
打撃練習する選手の名前やプロフィールを、浦添の地域ＦＭ局のアナウンサーが場内放送で紹介。
ファンにとって、ヤクルトの選手は更に身近な存在となった。

大リーグから石井一久と高津が復帰。 ラロッカの加入、古田新監督・・・
話題に事欠かない東京ヤクルト。

イチロー以来、史上2人目の200安打を放った若き首位打者・青木宣親は、
3年目の今季、何安打するのか。

プロ野球ファンの夢が膨らむ季節がやってきた。 

<img alt="0082.jpg" src="http://www3.tvk-yokohama.com/morita/0082.jpg" width="521" height="179" />

]]></description>
         <link>http://www3.tvk-yokohama.com/morita/2006/03/post_16.html</link>
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         <pubDate>Wed, 01 Mar 2006 12:17:38 +0900</pubDate>
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         <title>早稲田と関東学院の時代 </title>
         <description><![CDATA[大学ラグビー選手権では過去に1度だけ5年連続での同一チームによる決勝対決があった。
昭和47年から51年のシーズンまで、決勝戦は早稲田と明治の対戦。
秩父宮ラグビー場が2万人の満員札止めとなった決勝戦の結果は、明治の初優勝。
翌、昭和48年から対抗戦の早明戦と大学選手権の決勝の舞台は、秩父宮から国立競技場に移った。  

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初の国立での早明戦の観衆は3万人。 年明けの決勝戦の早明対決には4万人。
5年連続の同一対決となった昭和51年度の決勝戦には、初めて6万人の大観衆が詰め掛けた。

この5年間の決勝は早稲田の3勝2敗。 早明の頂上対決が大学ラグビーの人気に火をつけた。その後10年間、同志社大学の3連覇と慶應の復活によって大学ラグビーの人気は更に上昇。この時期に、社会人ラグビーでは新日鉄釜石が7連覇。 ラグビー人気は確固たるものとなった。関東学院大学のラグビー部は、この頃、ようやくリーグ戦の1部に昇格したばかりだった。  

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1990年、関東学院大学は一部リーグ8年目で初のリーグ優勝、大学選手権初出場。それから8年で初の大学日本一に輝いた。 この年から4年連続で決勝に進出して3度優勝。
関東学院の時代が幕をあけた。

2001年の春、釜利谷グランドを早稲田の新監督 「清宮克幸」 が訪れた。
早稲田ラグビーの再建を託された清宮は 「関東学院大学」 を目標にしてチームの再建に着手。5月に三ツ沢、8月に菅平で関東学院と試合をする約束を取りつけた。 5月は大敗、8月も完敗。しかし、大学選手権では5年振りに決勝進出。 関東学院を5点差まで追い詰めた。その1年後、早稲田は関東学院を破り、13年振りの王座に返り咲いた。 

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3年計画でのチーム再建を誓った清宮は、2年で大学王座を奪回した。1勝1敗で迎えた3度目の決勝対決。 29年振りの大学選手権連覇で、監督3年間を締め括る筈だった。 が、関東学院はそれを許さなかった。

任期を2年延長した清宮は、4度目の対決に勝って決勝対決は2勝2敗。
いよいよ、監督として最後のシーズンに関東学院との決着をつけるときが来た。

史上2度目の5年連続同一チームによる決勝対決。
関東学院は9年連続決勝進出。 早稲田は5年連続。
決勝戦の前に、清宮は 「今年のチームは早稲田史上最強」 だと豪語した。
最強の早稲田を作った監督は優勝インタビューで言葉を詰まらせ、歓喜に咽んだ。
決勝で関東学院と対戦出来た喜びを誇らしげに語った。
尊敬するライバルを倒してこそ、真の王者だといわんばかりに・・・。  

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国立競技場の通路で記者会見場に向かう清宮監督に声をかけた。
 『ほんとうに早稲田史上最強でしたね！』
清宮監督は微笑んだ。

記者会見の冒頭で、私からの一言を引用し
『チームを一番良く知っている私は常々、早稲田史上最強だと言ってきた』 と切り出した。
関東学院に完勝した試合内容がそれを見事に証明していた。

今年の早稲田は強すぎる。
清宮監督が率いた5年間の早稲田は、関東学院に2敗した以外に負けは無い。
春口対清宮の5年間は、大学ラグビーの歴史に残る名勝負として、語り継がれることだろう。 

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         <pubDate>Sun, 08 Jan 2006 11:53:08 +0900</pubDate>
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         <title>長野県・菅平高原の夏</title>
         <description><![CDATA[大学のラグビー部の多くは長野県菅平高原で夏合宿を行う。
高原に点在するグラウンドでは連日練習試合が組まれる。
最大の注目カードは8月の第三日曜日に行われる 「早稲田対関東学院」。

この4年間、決勝で対戦した関東学院と早稲田は、
夏の菅平で勝った方が決勝を制して大学日本一になった。
関東、早稲田、関東、早稲田、5年目のこの夏は早大が勝ち、対戦成績は3勝2敗。
ラガー達が魂を磨く夏合宿、菅平の風景をご紹介しよう。

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蕎麦の白い花が高原の夏に良く似合う。
菅平では日本のトップレフリーも練習試合の笛を吹く。
下井真介氏とて例外ではない。
この日は帝京大とエンセイ大の試合で汗を流した。

高原は霧に包まれることが多い。 時には深い霧で試合の続行が困難になることもある。
法政大対東海大は濃霧のため前半で中止となった。

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菅平高原の旅館にとって8月のラグビー夏合宿のシーズンはかきいれどきだ。
ひと部屋に多くの部員の宿泊を受け入れるため効率が良い。
宿の数が限られているうえ、8月だけの季節需要。 
各大学も贅沢を言える状況ではない。
関東学院、明治、法政といった強豪チームでさえ、
各旅館が所有するラグビーグラウンドを借りて練習している。

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早稲田大学だけは別格だ。
「早大菅平セミナーハウス」 を8月の合宿拠点とし、隣接する自前のグラウンドで練習する。
土が１面、芝が2面。 トレーニングルームには上井草のトレーニング機器がすべて運び込まれる。
宿舎もグラウンドも早大の施設だ。

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関東学院の黄金時代に早稲田が立ちはだかる。
8年連続で大学選手権決勝に進出した関東学院。 優勝5回、準優勝3回。
関東学院は、ラグビー界の名門である法政、明治、慶應、早稲田を次々と退けてきたが、
初めて2年連続して菅平の早稲田グラウンドに散った。 早稲田が関東学院に牙を剥いた菅平高原。

ラグビー場の傍らでは農家の人達が野菜の収穫に追われていた。

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         <link>http://www3.tvk-yokohama.com/morita/2005/09/post_14.html</link>
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         <pubDate>Thu, 01 Sep 2005 11:32:05 +0900</pubDate>
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