中国の記憶

2008年05月03日

今年は北京でオリンピックが行われる。昨年、中国を訪れたときのことが今でも脳裏を離れない。その時の鮮烈な思い出ほど、写真に残っていないことに気がついた。とてもカメラを向けられる光景ではなかった。

人民大会堂と天安門広場の大きさに圧倒された。地下道に座る「物乞い」、幼い頃の日本では、このような光景は珍しくなかった。北京の中心部の繁栄に目を見張りながらも、貧しい人々の姿を忘れることは出来ない。光と影はどの国にもある。しかし、中国では、それが余りに鮮烈だった。

広大な国土と世界一の人口。ビルや道路は大きく広々としていた。巨大な建物の多くは、カメラを向ける暇を与えぬほどの圧倒的な存在感。中国と日本、まるで大木と盆栽の違いのようでもある。誇り高き中国人から見れば、日本など、歴史の一場面に登場した小さな島国に過ぎないのかもしれない。

異国に居ながらも、中国に親しみを感じるのは、街のいたるところで漢字を見るからだろう。漢字は言うまでもなく中国の伝統的な文字。古代、日本に伝えられ日本語の表記にも使われるようになった。

街を歩くと、本家本元の中国の漢字が簡略化していることに気付く。日本語の表記のように「ひらがな」がないからだろうか。
「停車場」の文字は、下記の写真が中国で使われている文字だ。「劇場」もこの写真のように簡略化。

などが、日常の表記として使われている。

北京市郊外の観光名所を訪れた。数十人の子供たちが列をなして「記念、十元!」と連呼。絵葉書を買って貰おうと必死だった。自転車で焼き芋を売る青年が居た。血相を変えて逃げた。当局の見回り官が来たらしい。捕まるとしばらく牢から出られないという。この地域では焼き芋を売ってはならない規則だと聞いた。高級車を乗り回し多くの不動産を持つ裕福な人々。命がけで働く貧しい人々。その落差は大きい。

オリンピックのために、庶民の歴史的な住居地域も少なからず影響を受けたと聞く。世界の大国「中国」
今年、この国で行われるスポーツの祭典は、歴史の中で、どう語り継がれて行くのだろう。

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